085_歪な笑顔
「そんな……ことが……」
ブレッグは走り出す。
一秒でも早く近寄りたい願望が、醜い姿勢として現れる。
伸ばした左手は少女を捉えようとしていた。
彼女との距離が永遠のようだ。
「……まだ……何も始まってないんだ……」
ブレッグは苦しそうに顔を歪め、歯を食いしばる。
「フィオラ……」
近づいてわかったことが一つあった。
もうすぐ、彼女の身体は完全に崩壊する。
灰の進行は止まらず、失われた四肢の断面は乾いた砂のように灰と化していく。
死にゆく彼女を見届けることしかできないことを悟り、ブレッグは崩れ落ちる。
「……ごめん……なにもできなくて」
震えた声を絞り出す。
こうしている間も、崩壊は進んでいく。
ブレッグが出来ることは、フィオラの近くにいることだ。
寂しくないように。近くで彼女を見届ける。
うつ伏せに倒れているフィオラの背中を触れ、優しく撫でる。
一筋の涙がブレッグの頬を伝ったとき、冷やりとした感覚が左手から伝わった。
ブレッグの手の甲に、白い手が覆いかぶさっている。
「あなたのおかげで……間に合いました」
最期の瞬間を見逃さないよう、フィオラに暖かい視線を送りながら礼を伝えた。
そのとき、雪のように白い手が輝き出す。
フードを被った人物の腕はきめ細かい泡のようになり、ふわふわと宙に浮いている。
突然の出来事に驚きながらも、神秘的なその泡をブレッグは見つめる。
ただの直感ではあるが、それに対して悪意のようなものは感じられない。
泡はブレッグの手のひらを通してフィオラへ吸収されていった。
「何をしたんですか」
全ての泡がフィオラの身体へと溶け込んだあと、ブレッグは問いかけた。
答えようとする気配はない。
だが、何が起こったのかはすぐに気付く。
「……崩壊が、止まっている?」
目を見開き、見間違いではないことを確認する。
灰化の進行は止まり、僅かではあるがフィオラの肌色は良くなっていた。
――何が起こったのかはわからない。だけど、これなら。
予断を許さない状況に変わりはないが、絶望からは逃れた。
どれほどの時間が残っているかもわからないが、少なくとも猶予は与えられたのだ。
フィオラのことをずっと見つめていたブレッグが顔を上げると、目の前の人物はフードを下ろしていた。
露わになった素顔は、ブレッグを凍り付かせる。
「ぁ……ぁ……」
歪な笑顔が彼の心臓を鷲掴みにした。




