082_閉じた瞳
外の世界にいるフィオラは樹木を見上げる。
当然、ただの樹木ではない。
平地を埋め尽くすほど太い幹の――言わば御神木だ。
「十万年はそこから出られないわ」
男には届かない声量で告げたフィオラは、その場から離れようとする。
即席で木の杖を作り出し、失った右足を補いながら歩く。
足取りは悪く、年老いた老人のように背を丸めながら、一歩ずつ進む。
「封印自体は成功したけど……いつか必ず出てくるわね。その前に……ブレッグには逃げてもらわないと」
平地から出たフィオラは木々の生い茂った緩い坂を下りる。
普段ならなんてことはない普通の道だが、今のフィオラには違った。
たった数歩進んだだけで息は上がり、歩みを止める。
「はぁ……はぁ……」
ふと、フィオラは振り返って今まで歩んできた道を見返す。
すると、視界に入ってきたのは灰でできた踪跡だった。
血痕のように一筋の跡を作っている。
灰を作り出しているのは、失った肢体の断面からだ。
今もなお崩れ続け、ボロボロと灰を地面に落としている。
「時間……残されてないわね」
フィオラは再び歩き出す。
弱り切った彼女は痛ましく、危ういバランスでふらつきながら歩いている。
「いつかは……こんな日が来ることを知っていた。でも、お願いだから……あと少しだけ……時間をちょうだい」
目元から頬にかけてできた大きなひび割れ。
白く染め上げられた髪。
止まらない灰化。
それらは、間もなく肉体が崩壊することを意味した。
そして、フィオラはそれを認識している。
だが、決して足を止めようとはしない。
不可能だからといって諦めることができないのが、フィオラという人間だった。
「……あっ!」
誤って石を踏みつけ、態勢を崩して転んだ。
本当は石を超えて着地しようとしていたが、衰えた筋力はそんな簡単なこともできなかった。
立ち上がろうと腕に力を込める。
当然、身体は持ち上がらない。
這いつくばってでも前へ進もうと藻掻く。
だが、努力虚しく、残りの体力を全て使い切って前進できた距離は一歩分にも満たない。
「……まだ……こんな……ところで……」
指一本動かすことも出来なくなったフィオラは、ただただ道の先を見つめていた。
村で待っているブレッグのことを想像しながら。
そして、琥珀色の瞳は閉じられる。




