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078_蠢く茨


 鳥籠のように囲まれている中、男はある一か所に向かって走り飛び込む。


 それは、包囲網の中にあった唯一の逃げ道だった。


 男は早急に立ち上がり、茨の鞭を避けながら走り回る。


「大きい口を叩いていたわりには、逃げることしかできないのね」


「安い挑発には乗らん」


 走り、跳び、転び、避ける。


 一部始終を見ていたフィオラは、逃げ回っている男の右手が帯電してることに気付く。


 それは次第に大きくなり、五本の指先から迸る電流が地面を這うようになった。


「手の内を明かし切っていないうちは、遠距離から様子見することが定石といえるだろう。しかし、今回はそれが仇になったな」


 襲い来る茨を回避すると同時に、男は上空へと跳び上がる。


「そら! 壁を作れ! でないと消し炭すら残らんぞ!」


 これ以上ないほど電気を帯びた右手を空高く掲げる。


 バチバチと弾けるような強い音を立て、目を覆いたくなるほど眩しく輝く。


 そして、不規則に放電していた電の線は、一つの束となってフィオラへ向かう。


 莫大なエネルギーの塊は電気という段階をとうに超えており、巨大な雷となっていた。


 今も不規則な方向へと進行しているが、決して目標から逸れることはない。


 認識すらできないほど僅かな時間でフィオラへ到達したとき――片手で軽く叩き落とされた。


 雷の落下地点は火薬が爆発したのかと思うほど大きく抉れ、焦げた草地が赤黒く光る。


 男は空色の瞳を大きく見開く。


「……有り得ない」


 フィオラは空中で落下している男を見据える。


「さぁ、続けましょう」


 男が地面へと視線を向けると、そこには無数の茨の鞭が蠢いていた。


 それらは一斉に男へと伸び、男は電撃を放ち迎撃する。


 何本かの茨が焼け落ちたとき、一つが男の胴体を抉った。


「ぐぁっ……!」


 鋸を引くように鞭は棘を擦り、肉片と血液の雨を降らせる。


 苦悶の表情を浮かべたまま蠢く茨の集団へと落下した。


 茨たちは餌を貰った魚のようにじたばたと身を動かす。


 だが、元気よく動いていたのは最初だけで、次第に鈍くなり、ついには枯れ始めた。


「不思議。植物たちがなんの抵抗もなく死んでいく」


 今度は目を逸らすまいとじっと見つめていたフィオラは呟く。


 枯れ果ててボロボロになった茨の残骸から男は姿を現す。


 切り傷――特に大きく抉られた腹部は赤く爛れていたが、見る見るうちに肌が再生していった。


「それに、毒も大して効果はないと。いえ、それよりも問題は、茨を枯らせた力の方ね」


 フィオラの分析結果に返答したのは継ぎ接ぎ男だ。


「決め手に欠けているが、それは貴様も同じようだな」


「そういうことにしておきましょうか」


「ふっ……強がりを」


 男は強烈な電撃を右手に纏い、フィオラに向かって走り出す。


 両者を阻むものは何もなく、順調に距離は縮められていく。


「どうした? さっきの植物はもう使わないのか?」


「無駄みたいだから。それに、覚悟を決めたの」


「ほぉ。その覚悟とやら、見せてもらおう」


 口角を吊り上げ、にやついた男は帯電した腕で掴みかかろうとする。


 フィオラは瞬きすることなく男の動作を見切り、軽やかに回避した。


 そして、回避の動作から繋げたのは得意の蹴りだ。


「うっ……!」


 みぞおちを蹴り上げられ、男の身体は宙に浮く。


 人体の急所を正確に打ち込んだ一撃だが、これで終わりではない。


 フィオラはくるりと身体を回転させ遠心力をつける。


 そして、無重力状態の男の腹部に全力の回し蹴りが入った。


 あまりの威力に衝撃波が発生し、周囲の枯葉を巻き上げる。


 パンッという水風船の割れるような音と共に男の身体は勢いよく吹き飛ぶ。 


 地平線まで飛んでいく勢いだったが、不自然なことに速度を落としはじめ、やがて接地する。


 地面を転がりながら内臓をぶちまけ、停止した時には胴体の中身は空っぽになっていた。


「ふぅ……うぅ……」


 顔面を大地にくっつけながら、低い呻き声を発する。


 普通の人間なら即死しているはずの一撃だが、男は手足をもぞもぞと動かしはじめ、再び立ち上がろうとしていた。


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