006_死の淵は意外と悪いものでもない
――こんな終わり方だったのか。
思い返せば、何も成し遂げられない人生だった。
死ぬ気で努力することもできず、人生の夢を見つけることもできず、さらには人を愛することもできず、最期まで半端者だ。
挙句の果てには、他者から悪意を向けられることが怖くなり、誰も人が住んでいない山奥で生活を送ることになる。
その結果がこれだ。
あと少し、魔法の練習をしていたら目の前の魔物を退けられたかもしれない。
あと少し、山を下りて他者と交流していたら魔物の情報を得られていたかもしれない。
今更後悔したところで遅い。
「……でも、あの子が逃げられたなら十分か」
彼女は自分よりも価値のある人間であることをブレッグは確信していた。
彼女だけでも生き延びることができたなら、こんな人生にも意味があったのだと思える。
「ふー……」
ブレッグは全身の力を抜く。
膝を地面に着け、腕をだらりと垂らす。
すぐそこまで迫っている魔物は、腕を振り上げて確実に息の根を止めようとしていた。
――せめて、苦痛なく逝かせて欲しい。
死を覚悟し、そっと瞳を閉じる。
怖いわけではない。
ただ、死ぬ瞬間に自分の千切れた腕や血塗れの胴体を見たくはないだけだ。
ブレッグは瞼の裏に名も知らぬ少女を映し出す。
――そうだ。最期に目に焼き付けるのはこの光景にしよう。
数本の木漏れ日に包まれながら、すやすやと寝ている姿がそこには写し出されていた。
記憶を思い返しただけの偽物の光景であることは理解しているが、少しは心が安らぐ。
――もっと親しくなりたかった。
恋人どころか友達すらできたことがないブレッグには夢のような話だ。
だが、死の淵に立たされたからこそ、ブレッグは自分の本当の願いを知れた。
――そっか、孤独でいることが本当は寂しかったんだ。
充実した生活を送っていたと思っていたが、それは思い込みだったのかもしれない。
――もう少し、ほんの一言二言でいいから話がしたかった。
他愛のない会話でも構わない。
――あぁ、まだ死にたくない。
心の中で小さくそう呟いたとき、ブレッグは背後に人の気配を感じる。
「こんなに大きな魔物相手に、一人でよく戦ったわね」
突然の声に驚いたブレッグが目を開けると、背後から伸びてきた緑色の蔦が頬を掠めた。
それは凄まじい速度で成長を続け、ブレッグに襲い掛かろうとしていた魔物の四肢を絡めとる。
「グアァ!!」
蔦の数は増え続け、徐々に魔物の身体から自由を奪っていく。
一本一本は細くてしなやかだが、見た目に反して魔物がもがいても切れないほど頑丈だ。
「……蔦、なのか?」
一番最初に思い浮かんだことは、自身の命が助かったかどうかではなく、蔦の姿をした奇妙な植物への懐疑。
見た目はそこらへんに生えている蔦と変わりない。
茎の周りに小さな葉が所狭しとついており、よく見ると蔦特有の巻きひげもある。
しかし、意思を持つかのように俊敏に動く蔦なんてブレッグの知識には存在しなかった。
蔦と魔物の攻防を見守ることしかできないブレッグが呆然としていると、背後から再び声を掛けられる。
「あれ? 私の声聞こえてる?」
先程の声が幻聴ではないことに気付いたブレッグが振り向くと、そこには逃げたはずの少女が佇んでいた。
両手を後ろに回して前屈みになっている彼女は、琥珀色のつぶらな瞳で見つめている。
「……」
ブレッグの反応はない。
至近距離で顔を突き合わせ、少女の美しさに心臓が跳ね上がるような感覚を覚えていた。
端正に整った顔立ちは、幼さを残していながらも見る者を魅了する美しさがあった。
寝ていたときに被っていたフードはおろしており、陽の光で照らされた薄緑色の髪が光を反射して輝いて見える。
そして、満開の花をモチーフとして装飾が施されたローブは、少女の可憐さをより一層引き出していた。




