067_罪と責任
黒い髪を濡らし、水を滴らせながらブレッグはダールの後ろをついて行く。
昨日の夜にフィオラが眠っていた小屋が視界に入ると、扉の前で見張りをしていた二人の騎士がこちらに気付き背筋を正す。
「昨夜から寝ていないんだろ。楽な姿勢でいてくれ」
ダールは労いの言葉をかけると。一人の騎士が『これが私たちの役割ですから』と言いながら扉を少しだけ開ける。
「ダール隊長が戻られました」
「入れ」
扉の隙間からデルセクタのしゃがれた声が聞こえる。
彼もまた昨夜から寝ていないはずだが、声色からは疲労を全く感じさせない。
「失礼します」
室内へ入っていくダールにブレッグも続く。
そして――
「おはよう。ブレッグ」
ベッドの上で壁にもたれ掛かっていたフィオラは小さく手を振る。
幻や幻覚ではない。
全てを包み込むような優しい微笑みは紛れもなく彼女だ。
見違えるように顔色の良くなったフィオラの様子に、ブレッグの表情は和らいだ。
「あぁ……おはよう」
互いの様子を確認するように視線を交わす。
「その、もう体調は大丈夫なのか?」
「なんともないわ。ただ、疲れすぎて寝ていただけよ」
気絶といった方が正しいように思ったブレッグだったが、本人がそう言うのであればそういうことにしておくのが正解だろう。
「それより、ブレッグの怪我は大丈夫なの?」
「レームに治療してもらったから……」
ベッドの隣に置かれた椅子に座っているレームに目配せする。
「程度はかなり酷かったのですが、安静にしていれば元の生活を送れるようになりますよ」
「そう……よかった」
フィオラは胸を撫で下ろす。
ブレッグはレームの言葉の意味を振り返り、不穏な単語が含まれていたことに若干焦る。
――後遺症が残る可能性もあったってことだよな。
右手の動きがぎこちなくなったとしても、ブレッグは昨日の出来事を後悔することはない。
ただ、適切な治療を施してもらえたレームに対して、ブレッグは心の中でより深く感謝するのだった。
「ブレッグ……」
フィオラはベッドの上に座ったまま、両手を太腿の上に置く。
笑顔は消え、いつも以上に真面目な表情でブレッグを真っ直ぐ見つめていた。
「あなたがいなかったら彼女の凶行を止めることは出来なかった。本当に……ありがとう」
頭を下げるフィオラにブレッグは近づき、そっと肩に触れる。
「感謝しないといけないのはこっちの方さ。フィオラがいなかった俺も村人もみんな死んでいたんだ」
「そう……かな。でも、ちゃんと謝らせて欲しいこともあるの」
「シオンのことだろ」
言い当てられたフィオラは目を伏せる。
「えぇ、もっと早い段階で止められていれば、これだけ多くの犠牲者を出さないで済んだわ。今思い返せば兆候はあったのよ。だけど……何もできなかった」
フィオラがシオンを慕っていた気持ちは本物だ。
だからこそ、縁を切ろうと思っても完全に断つことは難しく、シオンが犯した罪に対して責任を感じてしまうのだろう。
それはまるで血の繋がった本物の家族のように。
「その通りだけど、フィオラに責任はないよ」
「……でも」
「起こってしまったことは変えられないんだ。責任を感じているなら、しばらくこの村に滞在して、手助けをしたらいいんじゃないか?」
「うん……」
小さくうなずくが、はっきりとしない様子のフィオラに、ブレッグは戸惑う。
口下手な彼はどんな言葉で慰めればよいかわからなかった。
すると、今まで沈黙していたデルセクタが口を開く。
「フィオライン様。多くの犠牲者を出してしまった責任は私たちにもあります。ですから、あまり思い詰めないよう」
「……わかりました」
まだフィオラは釈然としないようだが、それでも自分の役割を見出し、前に進もうとする意志が琥珀色の瞳に宿った。
「それでは、私たちは件の男とシオンの死体を捜索してまいります」
デルセクタはフィオラに向かって深々と頭を下げる。
件の男とは継ぎ接ぎ男のことを指しているに違い。
昨夜の話では、日が昇ったら捜索に出掛けることになっていた。
「お願いします。死体は風に攫われてしまったかもしれませんが、衣服は残っているはずです」
「承知しました。……ダール」
「はっ!」
元気よく返事したダールにデルセクタは指示する。
「お主とレームはフィオライン様とブレッグ殿に付き添っていてくれ。兵は半数ほど残しておくから、墓の用意も頼む」
「はっ!!」
先程よりもさらに力強く返事する。
ダールに任せれば万事が上手くいくと思ったに違いない。
デルセクタはフィオラに向かってもう一度お辞儀をすると、小屋から出て行った。




