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065_使命のある人間


「本当に寝なくていいんですか?」


 ベッドに腰かけたブレッグは、床に座り込んで壁にもたれ掛かっているダールに話しかける。


「気にするな。それに、敬語も使わなくていい」


「いや、でも……」


「俺が受けた命令はブレッグ殿の護衛だ。寝ていたら護衛なんてできないだろ?」


 ダールの発言にブレッグは小さな引っ掛かりを覚える。


「その……こっちも普通に喋るからさ、そっちも普通に読んで欲しいかな。殿を付けて呼ばれるのも変な気分なんだけど」


「そうか? 世界を救った英雄に対して礼節を欠いては騎士の名に恥じよう」


「世界を救ったって……大きく出たな。本物の英雄はフィオラだけだよ」


「……わかった。そういうことにしておく。だが、俺がブレッグを尊敬していることに変わりはない」


 自分より恐らく年上の相手に褒め称えられ、ブレッグはぎこちない笑顔を浮かべた。


「明かりは消すか?」


「ええっと」


 部屋の中央に置かれた古びた丸机。


 その上に釣り目の犬の紋様が刻み込まれたランタンがおかれている。


 透明感のある厚いガラスの中から淡い光が部屋を照らす。


「……いや、そのままで」


 光源を見つめているブレッグの心に芽生えていたのは恐怖心だ。


 暗闇と死を連想してしまい、まるで子供のように明かりを消すことを恐れていた。


 そんなブレッグをダールは茶化すでもなく、『わかった』とだけ返す。


 ブレッグは瞳を閉じて寝ようとするが、眠気は全くなかった。


 身体は限界まで酷使され疲れ切っているのに、脳がそれを許さない。


 仕方なしに天井の木目をぼーっと眺める。


「眠れないか?」


「うん」


「それなら一つだけ聞きたいことがあるのだが……」


「一つと言わずいくつでも、喜んで答えるよ」


 むしろ話し相手が欲しかったのはブレッグの方かもしれない。


 絶対安静を言い渡されていたため、身体をベッドに預けたまま首だけをダールへ向ける。


「シオンとはどんな人物だったんだ? 人の命を軽んずる悪逆非道な凶徒か? それとも――」


「いや、妹想いのただのお姉さんだったよ」


「どういう意味だ?」


「言葉の通り。フィオラを助けるためにシオンも奮闘していたんだ」


 ダールの視点では理解できないように、わざと要領得ない説明をした。


 姉妹のプライバシーをブレッグは守りたかったのだ。


 言葉の意味を理解しようとダールはこめかみを人差し指で押さえ思慮を重ねる。


 が、あっさりと諦めブレッグと視線を交えた。


「つまり、シオンにも使命があったということか。強かっただろ。そういう人間は」


「もちろん強かったけど……」


「説明が悪かった。俺が言いたかったのは精神的な強さの話だ」


 ダールは籠手を着けたまま鞘に納まった剣を持ち上げ、じっと見つめていた。


「人は獣と違ってな、どんな怪我を負おうが、どれだけ大きな危険を犯そうが、強靭な精神を持つ者はそれでも前へと進めるんだ。だから、市民を守ろうとする騎士は人一倍強くなれるし、妹のために戦うシオンは誰にも止められなかったのだろ」


 その言葉の意味をブレッグは痛いほどよくわかる。


 何度切り付けられようとも、前へ前へと走り続けていたシオンの姿が瞼の裏に浮かぶ。


「本当に強かったよ。本当に、この程度の怪我で済んだのは奇跡としか言いようがない」


 一拍おいてから返答したダールの言葉に、ブレッグは驚く。


「……奇跡ではない」


 火炎のように赤い瞳には何か熱いものが宿っていた。


「一国が総力を挙げないと止められないほどの強敵に対して、ブレッグは正面から向き合ったんだ。精神的な強さはシオンに負けていない」


 ダールがブレッグのことを英雄と評する理由が理解できた。


「それから、シオンとの戦闘について詳しく聞かせてもらえないか?」


「聞きたいことは一つじゃなかったんだな」


「あれは怪我人に対して遠慮していただけだ。それで、どんな魔法を使っていたんだ? 炎か、水か、はたまた雷か」


 食い気味に聞いてくるダールからは騎士特有の堅苦しさが消えていた。


 幾分か話しやすくなったブレッグは少しだけ得意げに答える。


「使っていた魔法はたった一つ。肉体強化だ」


「肉体強化?」


 ここから先、ブレッグは質問攻めにあう。


 好奇心が尽きない様子のダールは男子のように赤い瞳を輝かせ、質問の答えに毎回大きく驚くのだった。


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