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053_小さな囁き


 フィオラの握っている長剣に左手を伸ばすシオン。


「くっ!」


 間合いが近すぎて長剣を自由に振り回せず、フィオラは抵抗の意思を見せるが簡単に捉えられてしまった。


 そして、刀身を素手で直接握りこむと、粉々に砕け散る。


「なにを……するのよ!」


 とっくに柄を手放していたフィオラは上段蹴りをシオンの頭部にお見舞いする。


 直撃したかに見えた一撃だったが、指の減った手のひらで防御され足の裏を掴まれてしまった。


「まだ!」


 残っているもう一本の脚で蹴りを入れる。


 今度は頬に入り、唇から少量の血液を流すシオン。


 しかし、不安定な態勢での蹴りは威力が半減しており、決め手とはならなかった。


 シオンは軽々とフィオラの脚を持ち上げて宙吊りにする。


 なおも蹴り続けるフィオラをシオンは無視して、樹木の密集する森へ視線を向けた。


「やめろ!」


 腕力に差がありすぎて止めることは不可能だと知っていても、ブレッグはシオンの腕に掴みかかる。


 ブレッグに対して一瞥したシオンの瞳には哀れみが映っていた。


 まるで、『非力な自分を恨みなさい』とでも語っているようだ。


 そして、次の瞬間、シオンは容赦なくフィオラを森へ向かってぶん投げた。


 少女の身体は細い樹木を何本かへし折り、最後に一際大きくて樹齢を重ねているであろう樹木に激突して止まる。


 太い幹が揺れ、落ちた葉がフィオラに降りかかった。


 ブレッグの位置からは遠くてよく見えないが、力なく樹木にもたれ掛かっている様子から気を失っていることは確かだ。


「フィオラ!!」


「大丈夫。あれくらいじゃ死なないから。それよりも、今は自分の身を案じたら?」


 ゆらりと振り向いたシオンは目を据えて睨みつける。


 生者のものとは思えないほど冷え切った視線に、ブレッグは死が迫っていることを実感して身の毛がよだつ。


 しかし、フィオラが限界に近い状態でも懸命に戦っていたように、シオンもまた限界に近付いているようだった。


 袈裟切りにされた傷口からは今も血液が流れ出て、失った二本の指の傷口からは血液が滴り落ちる。


「そっちの方こそ死にかけているように見えるけど」


「これぐらい大したことないわよ。機関に所属して頃はこのくらいの傷なんて日常茶飯事なの」


「そう……かよ」


 ブレッグの手のひらに小さな炎が生まれる。


 それは周囲の空気を巻き込むように回転しながら勢いをまして火球となった。


「ん? それなら一回試していたでしょ。私には火傷一つ負わせられないわ。何がしたいの?」


 ――俺だって抵抗しても無意味なことは理解している。ただ、フィオラを置いて逃げることが出来ないだけだ。


 残り少ない魔力の全てをつぎ込まれた炎は燃え盛る。


「弱っている今ならわからない」


「そういうものかしら。まぁ、気が済むまで試してみたら?」


「言われなくても!」


 覚悟を決めたブレッグはたった数歩の距離にいるシオンを見つめ、目標を定める。


 ――万に一つでも可能性があるとしたら、あれだ。


 それは、袈裟切りにされた大きな切り傷。


 傷口にぶつける形で投げ込む算段だった。


「はぁぁあああ!!!」


 張り上げた声は恐怖心を隠して自身を鼓舞するするため。


 大きな一歩を踏み込んだブレッグは、勢いに任せて火球を投げつけようとする。


 そのとき、ブレッグの視界に入ったのは意地悪な笑顔。


 手元から火球が離れるより先に、素早く近づいたシオンは間合いの内側に入り込んでいた。


 そして、内緒話でもするように、耳元で小さく囁く。


「こういうのは好き?」


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