052_血液が描く二つの弧
「興味津々よ。ブレッグのその力、何かに使えるかもしれないでしょ」
「何かって、またフィオラの延命の話だな」
「それもあるかもしれないけど、世界中から命を狙われている私の逃亡を手伝ってもらいたいわね」
「それこそ有り得ない。フィオラを裏切ったうえにシオンを手助けするなんて」
「ふふ、わかってるわよ。だからね、ほんと……惜しいわ」
最後に付け加えた一言からブレッグは寒気を感じる。
そして、ブレッグを見つめる黒い瞳。
例えるなら、それは死にゆく者を見つめる悲しい目をしていた。
「場合によってはブレッグを見逃してあげてもいいと思っていたのよ。フィオラの数少ないお友達なんだし」
今まで敵意を剝き出しにすることのなかったシオンの言葉を、ブレッグは嘘だとは思えなかった。
「だけどもう無理ね。あなたがいたら私の目的は果たせないみたい」
「そこまで評価してもらえるとは……自分のことを落ちこぼれだと思っていたけど、過小評価しすぎていたな」
「よかったわね。死ぬ前に気付けて。ついでに言い残したいことがあれば聞いておくわ。特別よ」
感情のない笑顔でにっこり笑う。
「遠慮しておくよ。俺はフィオラと一緒に今日を生き延びるって決めたから」
「強がって……哀れだわ」
シオンが理を発動させ、彼女の周囲の空間が歪み始める。
そのとき、シオンの背後を取っているフィオラにブレッグは気づく。
首を狙って横一文字に切り付けようとするが、タイミングよく屈んで回避したシオンは背中に目がついているようだった。
「そんなっ……避け――」
姿勢を低くしたシオンはブレッグに向かって走り出す。
重傷を負っているとは思えないほどの凄まじい速度で近づいており、ブレッグは死を覚悟する。
だが、そこに割って入ったのはクリスタだった。
ブレッグを守るように異形の巨体が立ちはだかる。
「グァアアァア!!」
「遊んであげる暇はないの」
叩きつけるように下ろされた長大な腕をひらりと避け、シオンはクリスタの胸元に入り込む。
「クリスタ……」
岩のように厚くてごつい背中を見守るブレッグ。
化け物のような見た目に最初は怖がっていたブレッグだったが、今はとても頼もしく感じていた。
しかし、現実とは非常なもので、クリスタの胴体にはぽっかりと大きな孔が空き、向こう側にいるシオンと目が合う。
孔の中を突き進んでいるシオンはブレッグへと右手を伸ばしている。
常人と大差ないブレッグがその刹那にとれる行動はなかった。
ただ突っ立っていることしかできないブレッグの首にシオンの指が触れたとき――
「させない!」
フィオラの声と一緒に眼前を風が通り過ぎる。
そして、はらはらと落ちる数本の黒い髪を見て、何が起こったのかようやっと理解した。
フィオラがシオンの指を切り飛ばしたのだ。
人差し指と中指が宙を舞い、傷口から流れ出る血液が二つの弧を描く。
身体の一部を失ったシオンの反応は――笑っていた。
「全て予想通りに事が運ぶと、ちょっと怖くなるわね」




