051_写し鏡
ぶん投げられた樹木はシオンの手前で地面に接触し、砕けた木片や土埃と一緒にシオンを襲う。
「ふふ、悪くないわ」
シオンが呟くと同時に投擲された樹木は球体状に大きく抉られ、シオンを素通りする。
木粉と土埃が舞う中、突き出されたシオンの左手に光の粒子が吸収されていく。
吸収し終わったシオンが橙色の空を上げると、そこには飛び掛かろうとしているフィオラの姿。
「でもね、考えていることがバレバレ」
目が合ったフィオラは顔が引きつる。
しかし、止まることの出来ないフィオラは意を決して切り掛かった。
そして、エメラルドのように輝く刀身がシオンの喉首を切り裂くより早く、長剣諸共フィオラの右腕は抉られ粒子へと分解される。
「……うそ」
呟いたのはシオンだった。
右腕を失ったフィオラの姿は靄のように消えてなくなる。
即座に背後を振り向いたシオンを待ち構えていたのは、長剣を振り下ろしているフィオラだ。
迷いのない琥珀色の瞳は切るべき箇所のみを真っ直ぐ見つめている。
シオンは重心を踵側へと置いて刃から遠ざかろうとするが、刃は既に彼女の肩へと届いた。
回避は間に合わない。
大きく袈裟切りにされたシオンは傷口から鮮血をまき散らす。
左肩から右腰にかけて深く切り込まれた傷はブレッグが素人目に見ても致命傷とわかった。
ふらつきながら数歩後退したシオンは傷口に手を当て、真っ赤に染まった自分の手を見つめる。
とめどなく溢れ続ける血液は白い肌を汚し、地面に生えている枯草を赤く染めた。
そして、まるで時間が止まったようにその場にいた全員の動きが止まる。
――終わりだ。
華奢な身体から大量の血液を流し続けるシオンを見て、ブレッグは決着したのだと思う。
シオンの死が確定したため、これ以上戦う必要がなくなったのだと。
しかし、実際は違った。
シオンもフィオラも予想外の出来事に驚いていただけだ。
重傷を負ったシオンに対して最大限の警戒を維持しながら長剣を構えなおすフィオラは焦りを見せる。
「くっ……! 骨を断ち切れなかった! 硬すぎるのよ!」
「そんな……あれでダメなのか……」
ブレッグの心を襲ったのは絶望。
短い時間で考え抜いた一度限りの奇襲が完璧に決まっても、致命傷を与えることは出来なかったのだ。
不意打ちは初撃が如何に重要かブレッグは理解している。
失敗とは言わないまでも決着をつけられなかった今、逃走が選択肢の一つに入っていた。
失血したシオンの動きが鈍り逃げ切れる可能性もゼロではない。
「教えてもらえる?」
目を見開いたまま立ち尽くしているブレッグに問いかけたのはシオンだ。
今も血液を失い続けているにも拘らず、悠長に話を続ける。
「人物の幻影なら見抜ける自身があったわ。ましてやフィオラの姿なんて騙されるはずがないと思い込んでた。でもね――」
シオンは横目でフィオラを見つめ、記憶に残っている幻影の姿と比較している様子。
そして、自分の目に間違いがないことを確信したようだ。
「あれは本物のフィオラの姿と酷似していた。写し鏡といってもいいくらいに。そんなことが魔法で可能なの?」
「……可能なんだろ。こうやって実際に出来てるわけだし。興味があるのか?」
このときブレッグが考えていたのは、どれだけ話を引き延ばせるかということだ。
――時間経過で不利になるのは血を流しているシオンだ。一秒でも長く気を引くしかない。
フィオラが長剣を構えたまま大人しくしているのは、ブレッグと同じ考えを持っているからだろう。




