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048_深淵より暗い瞳


「随分と遠くまで逃げたじゃない」


 森から抜け出したシオンの横顔を赤く染め上げられた夕焼け空が照らす。


 辿り着いたのは平地だった。


 膝の高さまで成長した雑草が一面に生えており、突如吹いた夕凪によって波を作るように揺れる。


「ここで止まったということは何かあるのかしら……って、あら?」


 シオンの視界に入ったのは二人と一匹。


 しかし、ぐったりとした様子のフィオラはクリスタに寄りかかっており、今にも倒れてしまいそうなほど弱っていた。


「魔力の欠乏? それにしてもかなり辛そうね」


「よけいな……お世話よ……」


 相変わらず鋭い視線で睨むフィオラの態度にシオンは溜息を漏らす。


「これでも、心の底から心配しているのよ。フィオラの肉体は不安定な状態なのだから、無理に魔力を使い続ければ寿命をさらに縮めることになるんだけど……」


 シオンの発言に噓偽りがないことをブレッグは直感する。


 ブレッグは隣に立つフィオラを横目でちらっと確認すると、彼女の顔は血の気が引いて青ざめていた。


「フィオラ……」


「大丈夫。私のことは気にしないで。ちゃんと戦えるから」


 これほど苦しそうな状態でも戦う意思を見せる少女にブレッグは何も言えなかった。


 ブレッグの戦力は弱っているフィオラの足元にも及ばず、代わりに戦うことは出来ないのだから。


「まぁ、いいわ。寿命が縮まっても延命する術はあることだし」


「延命する気はないって何度言えば理解できるの? 寿命を迎えたら大人しく死を受け入れるつもり。ましてや、他人の命を奪ってまで生き延びようとするなんて、身勝手にも程があるでしょ」


「平行線ね。それなら実力行使しかないのだけれど……」


 ブレッグと目が合ったシオンは優しく微笑む。


「ねぇ、ブレッグはどちらに味方する?」


「は? そんなの決まって――」


 考えるまでもないと思ったブレッグが答えようとしたとき、シオンの言葉に遮られる。


「フィオラのことが好きなんでしょ?」


 見透かされていたことにブレッグは驚き、胸が締め付けられるような錯覚を覚える。


 第三者が見ていたら誰でも気付くであろう事を指摘されただけで、人との付き合いが浅いブレッグは挙動が怪しくなる。


「……だとしたら、フィオラの味方をするだろ」


「えぇ、そうね。そう考えるのが自然だと思う」


「何が言いたいんだ?」


「ブレッグは私と同じ立場のはずよ。フィオラに生きて欲しいと望むなら、私たちは協力し合えると思うわ。……このままだとフィオラは死んでしまうけど、ブレッグはそれでいいの?」


 まるで、心の隙に付け込もうとするように、悪意のこもった笑みへと変わっていることをブレッグは気づく。


 ブレッグは理解している。これはフィオラを動揺させるための策略であることを。


 しかし、それでも本音で答えることしかできなかった。


「……いいわけ、ないだろ」


 シオンの表情はぱぁっと明るくなる。


「そう! そうよね!」


 本心から喜んでいるシオンの反応は、ブレッグにとって予想外だった。


 言い包めようとするのではなく、感情を露わにしてきたのだ。


 考え方次第ではこれも策略の一つと捉えることはできるが、それはもはや邪推とすらいえた。


「わかってくれて嬉しいわ。ブレッグが協力してくれるなら、延命の研究だって――」


「でも、どうしようもないことだって、この世界にはあるんだ」


「え?」


 空気が冷たくなるのをブレッグは肌で感じ、全身に鳥肌が立つ。


 シオンの黒い瞳は深淵より深く黒くなり、全てを飲み込もうとする勢いだった。


 そんな世にも恐ろしい視線を向けられているブレッグ。


 昨日までの彼であれば逃げ出していただろう。


 だが、今は違う。


 たった一日の出来事ではあるが、隣に立っている少女――フィオラとの出会いによって、ほんの少しだけ成長していた。


「悪いけど、俺はフィオラの意思を尊重したい。フィオラの人生を決めるのは俺たちじゃない」


「……なにそれ。仕方ないことだからって大切な人の命を諦めるの?」


「違う。俺はシオンとは別の方法を探す。誰の命も奪わないでフィオラを生き長らえさせる方法を」


「違わないわね。私が何年もかけて見つけ出した唯一の延命の方法がこれなのよ。残り僅かな時間で探し出すなんて絵空事に過ぎない」


「そんなことわかってる! だけど、俺は……」


 ちょっと魔法が使える程度の一般人であるブレッグが、シオンですら成し遂げることの出来なかった偉業を達成することは事実上の不可能である。


 それを自覚しているからこそ、ブレッグは強く歯を食いしばる。


「……フィオラを助けたい」


「ありがとう。そう言ってくれただけで私は嬉しい」


 クリスタから離れ、ふらつきながらも一人で立ったフィオラはシオンと相対したままクリスタに手をかざす。


 真っ直ぐ立つことが出来ないほど衰弱しているが、ブレッグのほうを向いて微笑む。


「……準備が終わったわ。まずは、この戦いに勝つことから始めましょう」


 それはフィオラからの合図だった。


 ブレッグは頷く。


 次の瞬間、クリスタの幻影は消え去り、代わりに巨大な花の蕾が姿を現した。


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