038_無色透明の炎
シオンは巨木の腕を離れて吹き飛び、遠く離れた樹木に激突する。
すかさず両手を前にかざすフィオラは、これで終わりではないことを重々承知していた。
樹木にもたれ掛かっていたシオンはゆらりと立ち上がる。
「少しは成長したみたいね」
どれだけ蹴られ、殴られ、叩きつけられようとも負傷する様子はない。
そんな強靭な肉体を持つ彼女だったが、フィオラが展開している魔法陣を見て顔色が変わる。
魔法陣に刻まれている刻印は流転無窮であり、形を変えながら少しずつ空間に広がっていく。
「それは……ちょっとまずいわね」
「ちょっと、じゃないでしょ」
「そうね。訂正するわ」
シオンの行く手を阻むように2本の巨木が立ち塞ぐ。
フィオラが魔法陣を完成させないよう、シオンが妨害しに来るのは目に見えていた。
「うふふ」
「何?」
この期に及んで意味の分からない笑みを浮かべるシオンに、フィオラはムッとする。
「どうしてかしら。心躍る自分がいるわ。フィオラと本気で戦うことになるなんて、一度も考えたことがなかった」
一瞬だけフィオラの琥珀色の瞳に動揺の色が表れた。
シオンが自分を殺す気で襲ってくる。
そんなのは望んでいたところだが、いざ言葉にされると恐ろしくもあり、悲しくもあった。
そして、本気ということは彼女の持つ『理』が使われるわけで――
「私は……こうなる覚悟をしていたわ」
2人の間を強い風が吹き抜ける。
風が止んだとき、シオンの顔から笑顔が消えていた。
「それなら、私もその覚悟に応えるべきね」
シオンの両腕の周囲にある空間が捻じ曲がり、白くて細い指が怪しく映る。
空間の歪は湯気のように立ち上り、無色透明の炎を両腕に纏っているようだ。
「手加減はできないから。これを避けられないようなら私に勝つなんて夢のまた夢よ」
「まだわかってないみたいね」
シオンの背後で樹木が立ち上がり、太い枝を腕のように振り回して後頭部目掛けて殴りつけた。
葉の擦れる音に反応したシオンは即座に振り返り腕一本で受け止める。
「勝つとか負けるとかじゃない。生きるか死ぬかなのよ」
「……失言だったわ」
次の瞬間、周囲の異変に気付いたシオンはあたりを見渡す。
森全体がざわめいていた。
苗木から大樹まで、あらゆる樹木が立ち上がり、シオンの元へと走り出す。
「この子達で時間稼ぎしようっていうの? 少し考えが甘くない?」
魔法陣の展開に集中しているフィオラへ、樹木達の間から一瞥。
肝心の魔法陣はというと、フィオラの伸長を優に超えるほど大きく広がっていた。
「まぁいいわ。付き合ってあげる!」
シオンは受け止めていた枝を引き千切る。
苦しそうに呻く樹木だったが、お構いなしに腹部を鷲掴みにすると軽々しくぶん投げた。
全方位から迫りくる樹木達。
その中で一番近くまで迫っていた一団に激突し、派手に砕け散った。
まるで火薬が爆発したかのような轟音。
残ったのは大量の木片だけであり、樹木とはいえ凄惨な光景が広がっていた。




