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036_森に包まれた村


「もういいでしょ。話すだけ無駄」


 フィオラは右手を水平に伸ばし、地中から何かを掴み取るかのように細い指を軽く曲げる。


 すると、地面から顔を出した小さな芽が、フィオラの掌に吸い寄せられるように螺旋を描きながら急成長を始めた。


 その樹木はフィオラの手元に辿り着くと成長をやめ、次の段階として変化を始める。


 根元は痩せ細っていき、逆に先端は太く逞しくなっていく。


 さらに、樹木特有の凹凸は消えて研磨済みの木材のように光沢を持ち、螺旋状の木目に合わせてうっすらと溝が彫られていった。


 最後に仕上げとして勢い良く引き抜くと、切っ先をシオンへ向ける。


 それは即席で作ったとは思えないほど見事なランスだった。


「結局、村人たちを犠牲にして肉体の崩壊を止めていたってことよね」


「そうなるわね。だけど、残りの村人を使えばフィオラを助けることも出来るわ」


 ランスを持つフィオラの手からギリギリといった強く締め付ける音が鳴る。


「ふざけたことを言わないで! 誰もそんなことは望んでいない!」


「いずれ、死が迫った時に望むようになるわよ。私と同じように」


 シオンのその一言がトリガーだった。


「侮辱……するなぁ!!」


 フィオラの全身から膨大な魔力が溢れ出し、周囲を包み込む。


 それはブレッグのみならず、離れた場所に立っていたシオン、さらには村全体までもが飲み込まれているようだった。


 魔力に呼応した大地は草木が生い茂り、気付いた時には民家の建ち並ぶ村が森に覆われていた。


 前屈みになり力強く地面を蹴るフィオラ。


 次の瞬間にはシオンの側面へと飛び込んでおり、ランスを構えて二歩目を踏み込む。


「はぁぁあああ!!!」


 木材とは思えないほど鋭く尖ったランスの先端は漆黒の瞳を目掛けて進む。


 眼球に触れる直前、身体を大きく反らせて紙一重のところで回避――したかに思えた。


「あら……?」


 突如、シオンの身体は宙に持ち上げられ、逆さ吊りにされる。


 足首に巻き付いていたのは太い蔦だ。


 まるで大の男の二の腕のような太さをしており、植物とは思えないほど逞しい。


 シオンの身体を布切れのように振りまわし、遠心力を付けて草原へと叩きつけた。


 大地を揺らすほどの衝撃に、シオンの身体は跳ね上がる。


 が、即座に生えてきた新しい蔦によって、シオンの四肢は草原に縫い付けられ拘束された。


 ――この場を支配しているのはフィオラだ。


 固唾を飲んで見守っていたブレッグはそう思う。


 村全体を森が包み込んでいることからもわかるように、この空間ではフィオラはどこからでも自由に魔法が発動できるようだった。


 言ってみれば森全体がフィオラの手足となって動いているようなもの。


 圧倒的に有利なフィールドの中、シオンの頭上に立ったフィオラは眼球目掛けてランスを振り下ろす。


「……容赦ないわね」


 首を曲げて回避したシオンは螺旋状の木目を横目にボソッと呟く。


 フィオラは地中に突き刺さったランスを引き抜くと、もう一度振り下ろすが、それも回避されてしまう。


 いくら繰り返そうとも結果を変えることはできないと悟ったのだろう。


 一段と大きく振り上げると、今度は胸部――心臓目掛けて思い切り振り下ろした。


 四肢を動かすことのできないシオンは今度こそ回避する術を持たない。


 ランスの先端がシオンの胸元に到達したとき、バキッという音と共に木片がフィオラの横顔を掠めて飛んで行った。


「次はどうするの?」


 シオンの落ち着いた態度は、フィオラの成長を確かめようとしているようだ。


 折れてしまったランスを投げ捨てたフィオラは飛び退くと、ブレッグの目の前に着地した。


「ブレッグは逃げて!」


 全身が蔦に覆われていくシオンから目を話すことなくフィオラは告げる。


 ――逃げる。フィオラを置いて?


 ブレッグは逡巡していた。


 そして、小さく息を吐きだしてから絞り出すように声を出す。


「俺にも……戦わせてくれ」


「ダメよ。ブレッグがいたら私が全力で戦えないから」


 あれで全力ではなかったことに驚きつつも、『逃げろ』と言われて一人で逃げる気など更々なかった。


 ここで自分の意思を曲げてしまっては、何のためにフィオラを追いかけてきたというのか。


「俺も魔法なら使える。だから、囮でもなんでも――」


「お願いだから! ブレッグはここから逃げて」


 ぴしゃりと跳ね除けられてられてしまう。


 怒っているようなフィオラの口振りに、ブレッグはショックを受けていた。


 それでも逃げたくないブレッグが反論を考えていると、振り向いたフィオラと視線が合う。


 ブレッグの思考は止まった。


 彼女の表情はとても苦しそうで、泣きそうで、それでも強がって弱みを隠そうとしていて――


「私は1人で戦えるから。逃げて。……お願い」


 それは哀願だった。


 ブレッグは己を恨む。


 彼女の隣に立つ資格がないことを。


 1人の少女を置いてこの場を離れなければならないことを。


「……わかった」


 断腸の思いで承諾する。


 これが最善の選択なのだと自分を言い聞かせた。


 ブレッグが一歩後ずさった時、フィオラはもう一つのお願いを付け加える。


「街に着いたら原色機関という組織に連絡して。私の名前を出せば通じるわ」


 それはブレッグにしかできない役割。


 『原色機関』については何も知らないが、必ず探し出すことを誓う。


 使命を負わされたブレッグの心はほんの少しだけ軽くなっていた。


「あぁ、任せてくれ!」


 元気よく返事したブレッグはフィオラに背を向けて駆け出す。


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