034_虚ろな瞳は虚空を見つめる
極めて真面目に答えるフィオラに、シオンも声のトーンを落とす。
「……まさか、本当に私のことが嫌いなの?」
第三者であるブレッグから見てもわかりきっていることをシオンは震えた声で口にする。
もしかしたら本人も薄々気付いているのかもしれないが、現実を受け入れたくない気持ちが強いのだろう。
黙って睨み続けるフィオラの反応に、シオンの表情から力が抜ける。
「そう……なのね」
全身が脱力してふらついた拍子に、今まで背後で隠していたシオンの右手が露わになる。
その手が掴んでいたものは、初老の男性の生首。
悲痛な表情を浮かべたそれは、身に降りかかった凄惨な出来事を物語っているかのようだった。
強い力で引き裂かれたためか切断面には皮が残っており、シオンの動きに合わせてひらひらと揺れる。
白髪交じり男は髪を鷲掴みにされたまま、生気のない虚ろな瞳は虚空を見つめ続ける。
「なんだよ……それ……」
思わず呟いてしまったブレッグ。
誰に対して聞いたわけではない。
ただ、シオンが右手で持つ『それ』を認識したくないだけだ。
「あぁ、これ? フィオラに嫌われたくないから隠していたのだけれど……うふふ、意味がなかったわね」
左手で口元を隠しながら静かに笑うシオンは、まるで恥ずかしい失敗を自虐しているかのようだった。
そんな、生首を掴みながら平然とした様子で話を続ける彼女に対して、ブレッグの理解は追い付かず口を開けたまま黙ってしまう。
ブレッグが動けないでいた理由は簡単で、理解できない存在から恐怖心を抱くという初めての経験に何をすればよいのか判断できずにいたのだ。
口を開けたり閉めたりしてブレッグが言葉を詰まらせていると、生首を自分の顔に近づけたシオンは首を傾げて何かを考え出す。
「そういえば、この人の名前はなんて言ってたかしら。せっかく教えてもらったのに」
男の顔を色んな角度から眺めて思い出そうとしているシオンに、ブレッグの口から本心が零れ落ちる。
「その人は……シオンの敵だったのか?」
「まさか。夫婦揃ってとても親切で優しい人だったわ。怪我をしていた私に寝床と食事を与えてくれたのよ。うふふ、街に出稼ぎに行っている娘にそっくりだって話もしてくれたわね」
「なら、どうして、殺したんだ……なんで、そんな優しい人たちを殺せる」
恐怖心はいつの間にか怒りへと変貌しており、重い口調でシオンを責め立てる。
しかし、ブレッグ程度の人間が怒ったところでものともしない様子のシオンは、笑顔を崩すことなく落ち着いて答えた。
「あまり怖い顔で睨まないでもらえる? 私も村の人たちには悪いことをしたと思っているのよ。だから、こうして埋葬の準備をしていたわけだし」
「は? ……埋葬?」
ブレッグにとって予想外の言葉だった。
確かに、生首を持ち歩くことの利点は一つもない。
埋葬するために運んでいたと言われれば説明はつくのだが、それでも納得することは難しかった。
「えぇ。そうよ。人は死んでしまったら弔わないといけないでしょ。全員を丸ごと埋めるのは大変だから、首から上だけ集めて埋めていたの」
「……理解できない。自分で殺しておいて、可哀そうだから埋葬する? 何を言ってるんだ?」
「ブレッグの主張も一理あるわね。でも、殺さないといけなかった理由が私にもあるのよ」
「なら、その理由を教えろよ!」
怒鳴り声を上げるブレッグに対し、目を丸くしたシオンは急にクスクスと笑い出す。
「うふふ。ブレッグは普通に聞き返してくれたけど、理由があったら人間を殺していいのかしら?」
「そんなこと……!」
少なくとも、今まともな発言をしているのはシオンの方だった。
過去に冒険者として活動していたブレッグは命の軽さを知っている。
しかし、だからといって誰かが奪ってよいものではないと考えていたし、そう信じたかった。
たった一日のうちに魔物から殺されかけたり、多くの死体を目撃してしまったブレッグの感覚は麻痺し始めていたのかもしれない。
「からかってごめんなさいね。私が村人たちを殺した理由、それはね……」
シオンの右手から滑り落ちた男性の生首は地面に転がる。
そして、自由になった手を真っ直ぐに伸ばして指差した先にいたのは――フィオラだった。




