031_琴の音を連想させる心地よい声
逆光のため顔は見えない。
しかし、影の形から長髪であることは明らかであり、次の瞬間に女性であることが確定する。
「フィオラ?」
たった一言であるが、琴の音を連想させるような聞いているだけで心地よい声。
フィオラの美声に負けじと劣らない美しい音色であり、比較して優劣を決めることすら咎められた。
緊張が緩和したブレッグは喉の奥に滞留していた空気を吐き出す。
――フィオラの知り合いか?
名を呼ばれたフィオラの方へ視線を向けると、彼女の瞳にはあの時と同じ殺意がこれ以上ないほど込められていた。
「お、おい、フィオラ!」
周囲の空間に充足した魔力がフィオラの薄緑色の髪を持ち上げ漂わせる。
臨戦態勢はとうに過ぎており、魔力が貯まりきった瞬間に魔法が放たれることは確実だった。
残された猶予は短い。
「待ってくれ! 向こうに敵意は――」
ブレッグがフィオラに向けて手を伸ばしたところで時間切れ。
フィオラの内から放出された魔力は衝撃波を伴いながら爆発的に拡散してゆく。
同時に民家の壁や床に使われていた木材が曲がりだし、急成長したかのように伸び続ける。
そして、民家の中を埋め尽くすほど大量の樹木が、玄関から覗き込んでいた1つの影に対して襲い掛かった。
玄関側にある壁を全て吹き飛ばすほどの力に、凄まじい轟音と振動が轟く。
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「……ここは」
地面に横たわっているブレッグは空を流れる雲を目で追う。
――さっきまで直前まで室内にいたはずなのにどうして。
樹木がフィオラの知人を襲うまでの一部始終を見ていたが、ブレッグにとっては非常に短い時間で理解が追い付いていなかった。
「いってぇ……!」
地面に叩きつけられたせいなのか、胸がひどく痛む。
ブレッグが胸の傷を押さえたとき、腹の周りをぐるりと巻いている植物に気付く。
「蔦?」
近くの森では一度も見たことのない、太くて丈夫そうな植物だ。
不思議なことに、その植物はみるみるうちに枯れてしまい、灰のようにボロボロになって崩れ落ちた。
「フィオラが逃がしてくれたのか」
そう考えるのが妥当なところだろう。
樹木の魔法で攻撃するのと同時に、蔦の魔法でブレッグをこの場所まで逃がした。
複数の魔法を同時に扱うことの難易度の高さを知っているブレッグだったが、フィオラなら可能であることを認める。
そんな枯れた植物の跡を目で辿ると、遠く離れた場所に村長の家を見つけた。
――だいぶ遠くに飛ばされたんだな。
室内にはフィオラがいるはずだったが、室内を埋め尽くす樹木と漂っている粉塵のせいで姿を確認できない。
そのとき、空から覗き込んだ『誰か』がブレッグに影を落とす。
「あなたはフィオラのお友達?」
琴の音のような美しい声は、何事もなかったかのように声色を変えずに優しく問う。
今も影になってはいるが、距離が近づいたことでしっかりと顔を捉えられた。
それはそれは美しい、端正な顔立ちの妙齢の女性。
全てを吸い込みそうなほど黒い瞳と、肩の下まで伸ばした鉛白の長髪を持ち、レースの付いた黒いドレスで蒼白の肌を包み込んでいる。
白と黒の継ぎ接ぎで構成されている彼女は生と死を体現しているみたいで、不思議な魅力を持ち合わせていた。
高名な絵画と遭遇したとき自然と目が離せなくなるように、ブレッグは目の前でにっこりと微笑んでいる女性と見つめ合う。




