030_近づく影
「もう着いたのか。あれが村長の家であってるよ」
警戒しながら村長の家に辿り着いた2人は、遠目に室内の様子を観察しながらゆっくり近づく。
人の気配はなく、他の民家と同様に静まり返っていた。
フィオラが扉に手を掛けた時、ブレッグはフィオラと扉の間に手を差し込み待ったをかける。
「どうしたの?」
フィオラは不思議そうにしながらブレッグの顔を覗き込む。
ブレッグは見えないはずの扉の奥をじっと見つめながら石のように固まっていた。
そして、決心がついたブレッグは唾を飲み込みフィオラに視線を向ける。
「俺に、先に入らせてもらえないか?」
「……その言葉、本気なの?」
「自分が何を言ってるのかわかってる」
「命の保証はできないわよ」
「それも承知してる」
睨んでいるといっても過言ではないほど鋭い眼差しを向けられたブレッグは一瞬怯む。
しかし、それでも頑なに扉の前から離れないでいると、フィオラは小さくため息を吐き出した。
「はぁ、わかったわ。ブレッグなら村長の顔だって知ってるし、きっと家の構造も知ってるってことよね」
「……話が早い。というか、そんなにすんなりと受け入れて貰えるとは思ってなかった」
「覚悟を決めた人の気持ちを蔑ろにしないわ。それから、わかってると思うけど少しでも異変を感じたらすぐに私の後ろに逃げるのよ」
「うん。もちろんそうする」
フィオラとバトンタッチしたにブレッグが扉と相対する。
目の前の扉を開くことが怖くてたまらないブレッグだったが、フィオラが背後にいることで背中が暖かくなったかのような錯覚を覚えた。
――後ろにいるのがフィオラじゃなかったら、こんな役を引き受けようとしなかったよな。
「それじゃあ、開けるから」
ブレッグが扉の取っ手を掴んだ時、背後から弱弱しく小さな声がかけられる。
「絶対に死なないでね」
しかし、ゆっくり開く扉の向こう側に集中していたブレッグに、その言葉が届くことはなかった。
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「特に変わったところはない……みたいだ」
玄関から見える範囲に異常はないため、慎重に室内の様子を観察する。
人が争った形跡や誰かが土足で踏み入った足跡などはなく、軽く見渡した限りでは怪しいところもない。
そのとき、フィオラは玄関であるものを発見して拾い上げる。
「ねぇ、これって村長の……」
フィオラが手にしたのは所々継ぎ接ぎが施された小さな靴だ。
当然ブレッグはその靴に見覚えがあり――
「たぶん、村長のものだと思う。こんな靴を履いていた気がする」
「それなら、村長は室内にいるのね」
「でも、物音がしてないってことは……」
「まだ決めつけるのは早いわ。もしかしたらどこかに隠れてるのかもしれないでしょ」
「……その可能性はあるか」
ブレッグは土足のまま恐る恐る室内に足を踏み入れ、どこかの部屋にいるかもしれない村長の姿を探す。
そして、広間に入ったブレッグは早くも村長の姿を目にする。
「あ、あぁ。そんな……」
後ずさったブレッグはフィオラとぶつかりよろめいた。
「どうしたの?」
「……村長が」
ブレッグは肉の塊となってしまった村長を振るえた指でさす。
椅子の上には肉塊が、床には零れ落ちた内臓があり、その両者を長細い器官が繋いでいた。
「……ごめんなさい。全て私の責任だわ」
肉塊を見つめるフィオラの眼は焦点が外れており、何か思い詰めている様子だった。
「フィオラは何も悪くない。全て悪いのは村人たちを無差別に殺して回っている殺人犯だろ」
「違うのよ……そうじゃなくて……私が――」
そのとき、室外から足音が聞こえてきた。
素早く屈んだフィオラをブレッグも真似し、2人は息を潜める。
フィオラはブレッグの眼を見ながら唇に人差し指を当て、ジェスチャーの意味を理解したブレッグは頷く。
姿は見えないが、音の間隔から歩いていることは把握できた。
――たぶん、俺たちが今まで歩いてきた道を歩いてるな。
壁越しでも足音の位置は把握できたため、その位置に合わせて壁を目で追う。
足音は少しずつ近づいて来ており、ついに開けっ放しになっていた扉の手前で足を止める。
緊張のあまり呼吸も瞬きも忘れてブレッグは扉を凝視していた。
そして、『誰か』が顔だけ出して室内を覗き込む。




