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029_精神的な強さ


 ブレッグは胃から込み上げてくるものを抑え込むように手で口を覆う。


 日頃から動物を狩っていたブレッグにとって、動物の肉も内臓も見慣れたものである。


 それが、人間のものであると認識しただけで、これほど強烈な吐き気に襲われるとは思っていなかったのだ。


「おぇ……」


 ブレッグの異変に気付いたフィオラはローブを広げ、ブレッグの視界からそれを遮る。


「あまり見ない方がいいわ」


 そういうフィオラの視線は肉塊のある方を向いており、状態を詳しく観察しているようだった。


「ふぅ……ふぅ……」


 吐き出さないようにゆっくりと呼吸を整えているブレッグの心に浮かんだのは一つの感情だった。


 ――情けない。


 肉体的にフィオラより劣っていることは仕方のないことだとブレッグは考えていた。


 しかし、精神的にも劣っているとなると話は変わる。


 何事からもすぐに逃げる癖のついたブレッグは意志の弱さを自覚させられたのだ。


 そんな自分のことを嫌悪しながら、ブレッグはフィオラの横顔を見つめる。


「フィオラは……大丈夫なのか?」


「私は慣れてるから」


 淡々と答えるフィオラの心情をブレッグは読み取れない。


 ただ、彼女の横顔がどこか寂しそうに見えたのは間違いなかった。


「ブレッグ、ちょっとだけ目をつぶってて」


「あ、あぁ」


 指示されたブレッグが素直に瞼を閉じると、耳に入ってきたのはフィオラの歩く音。


 それに続いて、ぐちゅぐちゅといった不快な音が鼓膜をなぞる。


 頭では拒んでいても、搔き立てられた想像力を止めることはできない。


 瞼の向こう側で起こっている出来事を理解してしまったブレッグは背筋が震えた。


 ――フィオラの方が嫌な思いをしているんだ。これくらい耐えられなくてどうするんだ。


「もう目を開けていいわよ」


 恐る恐る瞼を開いたブレッグは、蔦が肉塊を覆っていることに気付く。


「まだ温もりがあったわ。被害に遭ってからそれほど時間が経ってないはずよ」


「それはつまり……」


「殺人犯が村に潜んでる可能性が高いってことね。早く行きましょう」


 再び走り出したフィオラの後ろをブレッグはついて行く。


 再会したときはフィオラの指先だけに付着していた血が、今では手のひら全体を包むように濡れている。


 ――俺はフィオラより年上だし、なにより男だ。……それなのに、フィオラだけが手を汚して、何もできない自分が恥ずかしい。


 フィオラの小さな背中を頼もしく感じていた自身を恥じ、ブレッグは拳を強く握りしめる。


 ――実力不足が悪いと思ったことは一度もないけど、ここまで苦しい思いを味わうことになるとは思わなかった。


 ここまでの出来事を振り返っていたブレッグはあることを思い出し、反射的にフィオラに問いかける。


「そういえば、魔法使いの噂は関係ないのか?」


 そもそもの話、なんの変哲もないガフナス村が噂になるということ自体が異常といえた。


 噂の中心人物である異界の魔法使いが犯人ではないとしても、何かしら事件に関係するのではないかとブレッグは考察する。


「……わからないわね。でも、細胞から分解されたみたいに筋線維もボロボロだったし、こんなことは普通の魔法じゃ説明が付けられないのは確かよ」


「なるほど。殺人犯が只者じゃないってことはわかった」


 ブレッグの語彙力ではフィオラの説明は難解といえた。


 それでも、何とか理解しようと脳内でフィオラの言葉を繰り返していると、フィオラが足を止めて指さす。


「ねぇ、あれが村長の家じゃない?」


 ブレッグが急いで顔を上げると、確かにそこにはひと際大きな民家が存在していた。


 周りの民家と比較すると年季が入っており、補修が繰り返された壁からは長年にわたって手入れされていることが窺える。


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