002_ここが運命の分かれ道
人との関りにうんざりしたブレッグは、残してあった僅かな貯金で人里離れた山小屋を購入した。
他人に頼れないため苦労することは多かったが、小屋の修繕や工具の自作なんかもやってみたら存外楽しく感じられた。
街で生活していた頃と比べて金はないが、その代わりにストレスの原因となるものも存在しない。
ブレッグは森の中を見渡したあと、収穫物の入った籠を苔むした地面に降ろす。
そして、籠の中を覗き込んだブレッグは自然と笑みがこぼれた。
「うんうん。けっこう採れたんじゃないか。これだけあれば、しばらくは食料に困らないな」
ブレッグの黒い瞳には山盛りに積まれている様々な種類の山菜が映っていた。
「よし、帰るか」
土で汚れた手で膝を押さえて立ち上がり、来た時より重くなった籠を背負う。
帰路に就いたブレッグは全身汗まみれであり、土や木の葉で衣服を汚していたが、どこか満足気な表情をしていた。
「今日は生でしか食べられるものから手を付けるか。乾燥させて日持ちするものは大切に取っておかないとな」
帰り道を歩きながら今後の予定を口にして思考を整理する。
ブレッグにとって食糧事情は最も重要な課題だった。
後先考えずに食料を食べた結果、冬に食糧難で喘いだことがある。
寒空の中、何も口にせず過ごした三日間は地獄そのものであり、ブレッグの中で非常に苦い経験として記憶していた。
「そうだ、漬物に挑戦してみてもいいか。これだけあるんだし、今後のためにも知識を増やしておきたいよな」
貴重な食料を無駄にする可能性はあるが、成功すれば食糧難からさらに遠ざかることが出来る。
新しい挑戦に意気込みながら険しい森の中を歩いていると、どこかで枯れ枝の折れる軽い音が耳に届いた。
その瞬間、ブレッグは歩いている姿勢のまま時間が止まったかのように全身の動きを止める。
そして、音がした方向にゆっくり視線を向けると、雑木林の向こう側で大型の生物がのそのそと歩いていた。
腰の高さまで生い茂る雑草のせいで、その生物の全身を捉えることはできない。
少ない情報から把握できたのは、厚い毛皮に覆われ、太い手足を持っていることくらいである。
とはいえ、この森の生態系を完全に把握しているブレッグには大まかな予想がつく。
「……魔物か」
小さい声で呟くと、その生物はブレッグの存在に気付くことなく歩き去っていった。
ひとまず脅威が離れて行ったことに安堵するが、これで安全になった判断するには早い。
「どうしたものか。いつもなら仕留めるところだけど」
現在、ブレッグが立っているこの場所は生活の拠点にしている山小屋からそう遠くない。
そのため、この魔物が腹を空かせたら山小屋を襲うことだって考えられる。
昼間ならまだしも、夜中であればブレッグも命を落とす危険があった。
早急な判断が求められているブレッグは結論を出す。
「とりあえず追い払うか」
今のうちにあの魔物を威嚇しておいて、この山から遠ざけておこうというのがブレッグの考えだった。
仮に、魔物が襲ってきたりしたら仕留めてしまえばよい。
危険な生物は日が出ているうちに討伐しておくべきである。
ブレッグは背負っていた籠を近くの木の根元に移動させると、足音を殺しながら魔物が消えて行った方向に歩き出す。