001_歩き慣れた森といつもの日課
草木の生い茂った森の中、厚手の手袋を装着し籠を背負った青年が歩いている。
頭上では高々と成長した樹木が陽を遮っており、昼間であるにも関わらず薄暗い。
しかし、じめじめした陰鬱な雰囲気はなく、気持ちの良い爽やかな風が森の中を駆け巡っていた。
「あぁ、癒される。やっぱりこっちに生活拠点にして正解だった」
人目を気にすることなくやや大き目の声量で呟く。
そんな青年の見た目を一言で言い表すなら『普通』だ。
黒目黒髪で身長は平均的。
力仕事が多いため少しは身体が引き締まっているが、この程度の筋肉量を持つ人間はいくらでもいる。
これといった特徴はなく、街の人混みに紛れたら一瞬で姿を眩ませることが出来るだろう。
唯一の他と異なるのは彼の装備品だろうか。
青年が身に着けているものはどれもが無骨で、雑な縫い目には慣れない裁縫を努力した形跡が残っている。
青年は耳を澄まし、森の住民たちの声を聴きながら歩み続ける。
自由に飛び回る小鳥のさえずり。
遠くの茂みで一生懸命に生きる昆虫の鳴き声。
獲物を探している小動物が雑草をかき分けながら進む足音。
風に揺られて葉の擦れ合う音。
そんな、森の鼓動ともいえる数多の生命の音色が青年を包み込む。
「独りぼっちで面倒なことも多いけど、誰にも邪魔されない生活は最高だな。というか、都会には二度と戻りたくないくらいだ」
上機嫌な青年はいまこの瞬間を堪能しながら目的地を目指して歩き続ける。
蜘蛛の巣や植物の蔓に行く手を遮られるたび、手に持ったナイフで切り拓きながら進む。
その足取りは軽く、まるで未開の地を探検している少年のような気分に浸っていた。
「お、もう到着したか」
青年が辿り着いたのは自然が作り上げた広場だ。
ここでは、樹木が等間隔にバランスよく生息しており、葉と葉の隙間から暖かい陽が差し込んでいる。
地面には苔が生えており、苔の上を手のひらサイズの小さな動物がちょこちょこと走り回っていた。
青年の存在に気付いたその小動物は急停止し、大きな耳をまっすぐ立てて大きな瞳で男を凝視する。
すぐに走り出して青年の前から姿を消すが、青年は何事もなかったかのように小動物を見送った。
小さな生物とはいえ、1人で自給自足している青年にとっては貴重なタンパク質である。
普段であれば先程の小動物も食料として捕獲していたが、この日の青年の目的は別にあった。
腰を曲げて地面に注視しながら周囲を探索していると、樹木の根っこ付近であるものを見つける。
「こんなところにも生えていたか。今年は豊作だな」
青年がしゃがんで手を伸ばしたのは小さな丸い傘を持った白い植物だ。
皮の手袋を装着した手で群生しているその植物を纏めてもぎ取ると、背負っていた籠の中に投げ入れる。
籠の中には様々な種類の植物が入っており、既に半分ほどは埋まっていた。
周囲に自生していた植物の採取が終わると、隣の木の根元へ移り採取を続ける。
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青年の名前はブレッグ。
没個性的な容姿の彼は元冒険者であり、3年前までは街で依頼を受けて生活していた。
依頼の内容は街の周辺に現れた魔物の討伐が主だ。
魔物とは魔力を帯びた生物のことであり、多くの場合は狂暴で人間に危害を加えることがある。
そんな魔物を討伐する冒険者は常に危険と隣り合わせで、命を落とす者も少なくなかった。
そして、様々な状況に対応できるよう、役割の異なる冒険者同士でパーティーを結成することが定石とされていた。
例に漏れずブレッグもパーティーに所属し、後方から魔法で支援するという役割を担うこととなる。
ブレッグがパーティーに加入してから1年が経過したころ、天性の才能を持ち合わせた優秀な冒険者が同じパーティーに加入してきた。
これにはメンバー全員が大喜びしたものだ。
というのも、パーティーの評価が上がれば要人の護衛といった、より安全でより高額な依頼を受注できるようになるためである。
いつ命を落としてもおかしくない現状から抜け出すために、星の数ほどいる底辺冒険者たちは常に努力していた。
しかし、半年もしないうちに上位の冒険者パーティーからスカウトがかかりいなくなってしまう。
それも1度だけではない。
優秀な冒険者がパーティーに加入し、いよいよ護衛の依頼を受けられそうかとなる度にスカウトされていなくなってしまう。
やがて、メンバーは固定され、同じような依頼を受ける日々を送るようになる。
死に物狂いで魔物を討伐し、もらえる金銭が銀貨5枚だ。
宿で1泊するために銀貨2枚、食費で銀貨1枚、装備の整備に銀貨1枚、残りは雑費で消えてなくなる。
――そんな毎日。
停滞した環境に長期間置かれていれば、パーティー内で不和が生じるのは当然の流れだったのかもしれない。
ある日、いつものように言い争いをしていると、『パーティーの足を引っ張っているのは誰か』という話になった。
今考えれば全員の実力不足が原因であるとはっきり言えるが、その日は違った。
ブレッグを除く全員が口を揃えてブレッグの魔法が役に立っていないと文句したのだ。
ブレッグ自身も魔法の才能がないことは自負している。
所詮は少し魔法が使える一般人止まりであり、得意としていた幻視の魔法も嗅覚の鋭い魔物相手に役立つことはなかった。
最終的に、リーダーの提案によりブレッグをパーティーから追放して優秀な魔法使いを呼び込むこととなった。
全ての責任を押し付けられて解雇を言い渡されたわけだが、当時のブレッグは不思議と怒りが沸いてこなかった。
街の中で機械的な生活を送ることに辟易しており、やっと息苦しい環境から抜け出せるのかと思ったら心がすっきりしたのだ。
この後の流れはとても円滑だった。
とんとん拍子にパーティーから離脱する準備が進み、ブレッグの冒険者人生はあっけなく終了した。




