015_光合成という名の断食
「うん、うん。美味しい」
その言葉が聞けてブレッグは安堵する。
「……よかった。まずかったらどうしようかと思っていたんだ。味見するの忘れてたし」
普段は絶対に忘れない味見という重要な項目を見落とすほど、料理中は気が張り詰めていた。
それこそ、緊張を通り越して気が動転していたと言っても過言ではないほどに。
しかしながら、そんな小さなミスはあったものの、命を救ってくれた恩人に対して少しでもお返しが出来たことに嬉しく思う。
ステーキを味わいながらナイフとフォークを動かしていることから、お世辞ではなく本当に気に入ってもらえているようだった。
「美味しいから安心して。というか、仮に美味しくなかったとしても、そんなこと言わないと思うけど」
最期に不穏な一言が差し込まれ、ブレッグは少しドキッとする。
「そうなのか?」
「ふふ、そうよ。気になるのなら自分で確認してみたら?」
フィオラにそそのかされるように、ブレッグもカットした肉を口に運んで出来栄えを確認する。
味覚に集中するため目を閉じて嚙みしめていると、肉から溢れ出した汁とソースが舌の上で混ざり合う。
白状すれば、濃いめの味付けをしたソースと大量にぶち込んだ香草で味を誤魔化しているだけだ。
しかし、肉の臭みと合わさった結果、癖は強いが意外と悪くないものがそこにはあった。
――なるほど。フィオラの最初のリアクションの意味が分かった気がする。
ブレッグとフィオラは黙々と料理を口に運び、魔物肉のステーキというあまり聞きなれないものを堪能する。
すると、食事を続けながらフィオラはボソッと呟いた。
「実はね、ここ1週間は何も食べてなかったの」
「え!? 1週間?」
そんな人間がいるなんてことをブレッグは聞いたことがない。
突飛な話に手が止まる。
目の前にいるのはブレッグでは想像もつかないほど偉大な魔法使いであり、不可能はないのかもしれないが――
「そういう魔法でもあるのか? 食事を取らなくても腹が減らない、みたいな」
もしもそんな夢のような魔法が存在するなら、是非ともご教授願いたいとブレッグは期待する。
口に運んだ肉を飲み込んでからフィオラは答えた。
「えっと、正確にはないけど、私は食事の代わりに光合成してたわ」
『こうごうせい』とは何のことをいうのか、学び舎に行ったことのないブレッグは理解できなった。
なんて返答すればよいか悩んでいると、フィオラが助け舟を出してくれる。
「ごめんなさい。あまり聞きなれない言葉よね。要するに、植物みたいに太陽の光からエネルギーを吸収しているってことよ」
「なるほど……?」
――植物みたいにって言われても、それすらわからない。というか、植物って光を吸収するのか。
初めて耳にすることばかりであり、フィオラの話について行くことが難しい。
前提とされている知識が丸っきり足りていないことを痛感する。
「興味あるの? 食事の必要はなくなるけど、普通にお腹は空くわよ」
「興味はあった、けど諦めるよ。俺にはまだ早いみたいだし」
根本原理を理解できていないのに、その発展形である魔法を使いこなせるはずがなかった。
「それは残念ね。やっと弟子1号が見つかったと思ったのだけれど」
「……弟子を探しているのか?」
心が揺れる。
ブレッグが冒険者として活動していた時に最も強く望んだ存在が『師匠』だ。
魔法を学ぶためには多額の授業料が必要であるため、今まで全て独学で学んできた。
そのため、手探り状態で進むしかなく、初級魔法すら習得するのに大変な苦労を経験していたのだ。
今からでもフィオラに魔法を教えてもらえれば、冒険者として復帰できるかもしれない。
しかも、こんなに強くて可愛らしい師匠はいないだろう。
意を決したブレッグが言葉を発するより早く、フィオラは口元に手を添えて小さく笑う。
「ふふ、冗談よ。弟子が欲しいのは本当だけど、時間がないから相手してあげられないもの」
フィオラの言葉が冗談だったと知り、魔法を教えてもらえるかもしれないと期待していたブレッグは開けた口をそっと閉じる。
そして、フィオラの弟子になりたかった気持ちを隠すように、ブレッグも冗談交じりで言葉を返す。
「……なんだ、冗談だったのか。少し期待したよ」




