102_色褪せた世界
「ふぁあー」
目を覚ましたブレッグは上体を起こし、両手を伸ばして大きく欠伸した。
ベッドから起き上がると、調理場へと向かう。
途中で継ぎ接ぎ男によって大きな孔が空けられた壁を横切るが、フィオラが生み出した樹木によって綺麗に塞がれていた。
水瓶に汲んでおいた水を掬い、一気に飲み干す。
「ふぅ」
寝ぼけた眼に活力が宿りだした。
次に、引き出しを開けて包帯を取り出す。
だが、じっと見つめてから元の場所に戻して引き出しを閉めてしまった。
「いや、もう必要ないか」
右手に巻かれていた包帯を解くと、手を開いたり閉じたりして、可動域に異変がないか確認する。
火傷の跡は残っていたが、障害はない。
「レームの薬は本当に良く効いたな。少し余分に貰っておけばよかったかも」
魔物狩りは命の危険と隣り合わせだ。
塗り薬がどれほどの貴重品かわかっていないが、ブレッグの日常においては必需品といっても過言ではない。
「さてと。早く準備しないと文句を言われそうだ」
手早く着替えを済ませ、大きなバッグに荷物を詰めだす。
あれから、一か月が経過していた。
継ぎ接ぎ男との戦闘は覚えているが、ブレッグの記憶は途中で途切れている。
ダールに肩を揺すられて意識を取り戻した時には、継ぎ接ぎ男の姿が消えていたのだ。
その後のダールは、支援物資を届けるために何度か村を訪れ、その度にブレッグが生活している小屋を訪問した。
座ってばかりいるのも暇だろうということで、簡単ではあるが剣術や総術の稽古もつけてもらった。
怪我が完治していないため見稽古が多かったが、知らないことだらけのブレッグにとってはとても良い経験だ。
これからの新しい生活に必要な物資を一通りバッグ詰め込み終わると、古びた鏡の前に立つ。
「忘れ物はないはず」
ついでに寝癖などがないか身嗜みを確認しておくと、あることが気になりだした。
「不格好だよな。白か黒のどっちかに染めた方が気がする」
そう言って、先端が黒、根元が白となった髪をくりくりと弄る。
周囲の人間に髪色のことを指摘されたときは焦りを覚えたが、ストレスとか過労とかが原因だと言ったら以外にも簡単に納得された。
それほど壮絶な二日間でもあったのだ。
「ま、放っておけば全部白くなるか」
周囲を軽く見渡して最終確認し、バッグを背負うと小屋を出た。
ダールに買っておいてもらった鍵で扉を施錠する。
窓ガラスを割れば簡単に侵入されてしまうことには目を瞑る。
価値がある物は何も置いてないので、侵入されるとこ自体には問題ない。
ただ、いつでも帰れる場所があると思えることが重要だった。
見慣れた山道を村へ向かって歩き出す。
まだ、振り返れば小屋が視界に入るくらい歩いたところで、彼女の名前を口にする。
「シオン……は今日も姿を見せないんだな」
あの日から、シオンの姿は一度も見ていない。
誰もいないところで、その名を呼んでみたことは何度かあるが、返事が返ってくることはなかった。
もしかしたら、今日なら反応があるのではと思ってはいたが、結果はいつもと変わらない。
「でも、いつか必ず会えるはず。そうしたら、一言お礼を言わないと」
シオンの悪行を許したわけではないが、感謝の気持ちは素直に伝えたいとブレッグは思う。
しばらく歩いていると、正面から歩いて向かってくる少女の姿が。
「あ、ブレッグ! おーい!」
ぱたぱたと手を振っているのはフィオラだ。
気付いてもらおうと小さく飛び跳ねている。
継ぎ接ぎ男との戦闘を終えたブレッグとダールが小屋に戻った時、フィオラはちょうど目を覚ました。
今のところは身体に不調はないらしい。
医者風に言うなら、要経過観察といったところか。
人体の再構築という前例のない事例であるため、何が起こるかは誰もわからない。
だが、こうしてフィオラの元気な姿を見ていると、ブレッグが抱えている不安は薄らいでいく。
「なかなか来ないから、迎えに来ちゃった」
「そんなに遅かったか? 正午に村で待ち合わせする予定だったと思うけど」
「私が早起きしすぎただけよ」
「楽しみで眠れなかった?」
「それもあるかもしれないわ」
ブレッグとフィオラは横に並んで歩き出す。
ここ一か月間のフィオラは村人と共に生活していた。
村の人手が足りなくなったことで、どうしても面倒を見切れない家畜や農作物は、屠殺したり間引くしかなかった。
そこへ、フィオラが協力を申し出たのだ。
多すぎた家畜はクリスタの背中に乗せられて別の村まで輸送され、農作物はフィオラが生み出した樹木によって面倒を見られた。
そして、農作物の収穫を終えてひと段落が付いたのは二日前のことである。
「私、旅に出るのは初めて」
「世界中を飛び回っていたんじゃ……」
「機関から与えられた任務に従ってね。あれは旅っていうより仕事よ。街並みを見て回る余裕もなかったんだから。今度は、美味しいものを食べたり、綺麗な景色を見てみたい」
「そういえば、例の機関とやらは抜けちゃってよかったのか?」
「いいの。私がやるべきことは全部終えたし。後のことは後輩たちに任せるわ。あ、でも、旅先で困っている人がいたら助けるからね」
「もちろん。というか、それがこの旅の目的だっただろ。美味しいものめぐりはついでだ」
「……確かにそうね」
会話が途切れ、ブレッグは山の景色を見ながら歩く。
見慣れているはずの景色が、いつもとは違った雰囲気を纏っているようだった。
髪の色が白へと変わったように、もう一つ、ブレッグの身体には大きな変化が起こっていた。
それは瞳だ。
ブレッグの瞳は灰色がかった濁った色となり、色彩を感じ取りにくくなっている。
樹木についた葉は鮮やかな薄緑色だが、ブレッグには枯葉のようなくすんだ色に見えていたのだ。
これは、シオンの魂を取り込んだことが原因だとブレッグは考える。
『褪色者になる』のではなく『褪色者の魂を取り込んだ』ことで、髪の色以外にも変化が生じてしまったのだと。
しかし、後悔は全くない。
むしろ、フィオラの命を救えた代償としては小さすぎるくらいだと思っている。
ブレッグがそんなことをぼんやりと考えていると、突然フィオラが走り出した。
そして、少し先の所で止まると、元気よく振り返る。
「行く当てもないけど、縛られるものもないわ。自由な旅なんだから、楽しみましょう」
「……そうだな」
色褪せた世界でも、フィオラは微笑みは輝いて見えた。
最終話まで読んでいただき、本当にありがとうございました!
ブレッグとフィオラとシオンの物語は楽しんでいただけたでしょうか。
よろしければ、評価や感想を付けていただけるとすごく嬉しいです。
3人の物語はこれで終わりではないと思っています。
私的にも、まだまだ書きたいシーンは残っていたので、いつか続きを書きたい気持ちがあります!
それから、伏線や細かな設定を回収しきることが出来なくてすみません。
感想欄やメッセージで聞いていただいたら全てお答えしますので、どうかお許しください。
今後も作品を作り続けますので、もしも目に留まった際はご一読いただけると幸いです。
ではでは、本当にありがとうございました!




