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一軍女子


            *

 

 となりの席に座っているW松井ライン。松井玲香と松井涼太は高校の入学式で恋に落ち、4月中に付き合いはじめ、5月に倦怠期が訪れ、6月に破局した。


 その後のプリント配布は、周囲がピリつくぐらいに殺伐としている。そんな失敗例をマジマジと見ながら、自分はこうはなるまいと心がけていたにもかかわらず、現状はトンデモ女子とプリント戦争勃発中である。


「なあ、神町木乃香ってどんな子か知ってる?」


 昼食の時間。スクールカースト最下層の4軍指定席、いわゆる超端っこの方の席で、塚崎岳つかざきたけしに聞いてみた。


「知ってるもなにも、()()神町陽一の令嬢じゃねーか」


 タコさんウインナーの手をかじりながら、予想通りの答えを返してくる親友。彼女がそうであることは、クラスメートはおろか、この空輪市全体が周知の事実といっても過言ではない。


 神町陽一。VRMMO(仮想現実大規模多人数オンライン)の革命児と呼ばれる天才開発者である。もちろん、彼女が彼の娘であることは風の噂では知っていたし、本人もそれを否定もせずに受け入れている。必然的に、彼女の立ち位置はスクールカースト1軍である。


「いや、そうじゃなくて性格的なところとか」

「んー……話したことないからな。というか、話したら周囲からなにを言われるかわからんし」

「な、なるほど……」

「冬馬。裁判というのは、裁判員の心象次第で白にも黒にもなるらしいぞ。俺たち底辺が夢みたって、ストーカー扱いで退学になるのがオチだ。観賞用にしとけよ」

「そんなんじゃないって」


 心の底からそう思った。スクールカーストの頂点が底辺に話しかけることはあっても、底辺が頂点に話しかけることは許されない。これは、学校のみならず、生物界全体の不文律なのだろう。


「しかし、確かに()()()()よな」

「シッ……聞こえるぞ」

「す、すまん」


 僕らは息を潜め、周囲を見渡す。


 4軍は常に隠れて生きなくてはいけない。


 クラスメートの中に僕らの言動を気にする輩は皆無である。しかし、失言を狙う隠れ文春(3軍)がいたるところに跋扈ばっこしている。


 『尊い』をはじめとした『◯◯でござる』、『乱世×2』、『◯◯氏』、要するにオタク用語は4軍が最下層の住民であることの証明でプラス1点。1軍の神町木乃香を調子にのってあだ名で呼んでいるのはプラス5点。6点はアウト(迫害の刑)である。


 今の発言がバレれば、その情報は3軍から2軍へと献上される。そして、彼らは1軍たちを喜ばせるために、それをはやしたて、あざわらい、晒し者にする。1軍はそんな2軍どもの行為に対し、興じる価値があるかを判定する。面白いものであれば、めでたく昼飯を一緒にする栄誉を授かるという次第だ。


 そして、そんな1軍の中でも序列があり、神町木乃香はまさしくその頂上に君臨するトップオブトップだ。


 正直、僕もこの中間テストが始まるまでは、むしろ、彼女……いや、彼女の背中を尊いものだと思っていた。こんなこと言われると変態かと思われるかもしれないが、尊い者はその背中も尊い。


「嫌な現実の話はこれまでにしよう。とにかく、放課後……な?」

「……ああ」


 2人でニヤリと笑い合う。隠れ文春(3軍)がいるので、おおっぴらには決して言えない。実際、1軍も2軍も……3軍すらも日常はその話題で持ちきりだ。


 IWOイマジナリィワールドオンラインは、5Gが導入されてから開始されたVRMMOである。発売されてから20年以上が経過しているが、その人気は衰え知らず。今や、このゲームは現実世界以上に人々を熱狂させている。


 1台30万円以上する2畳敷きのカプセルが必要にもかかわらず、そのプレイ率は携帯電話の所持率より高い始末だ。


 必然的に話題の中心はIWO一色。レア度の高いアイテムの保有率。隠しダンジョンの探索状況。どんなアビリティを付与しているか等、活気のあるやりとりがいたるところで見られる。


「この前、プレーしてたらさ、とうとうやられたよ」「あー、俺たちも。マジでアイツらヤベェよな」「ああ、ゼルダンアーク? 最悪だよな。マジで、なに考えてるかわかんねぇよ。あーゆー愉快犯は」「なにが楽しいのか、ほんと意味わかんないよな」「えっ、なにゼルダンアーク? 俺たちもこの前やられて、全部最初っからだよ」


 現在、IWOで猛威を振るっている悪者ヴィラン、ゼルダンアーク。現在、クラスはその話題で持ちきりである。

 1軍メンバーのもとに2軍が集まり、その周りに3軍が群がる。ほぼクラスが一丸となって会話の応酬を繰り広げているなか、4軍である僕らは声を潜めながら、好んで聞いている深夜ラジオの話題で盛り上がる。


 僕らがIWOの話題を大っぴらにできないのには理由がある。

 それは一重に、スクールカーストの悪循環に組み込まれることを防ぐためだ。

 仮に、IWOのハンドルネームをクラスに公開したとする。すると、2軍はさも友だちが増えたかのようにアットホームな空気感で迎い入れてくれる――それが、大いなる罠とは知らず。

 ひととおり情報収集を終えた彼らの脳裏には2択の選択肢が発生している。


 それすなわち、利用価値が『ある』か『ない』かである。


 利用価値が『ない』とわかれば、その日から2軍の席に呼ばれることはない。即座に3軍に放流され、その時点でクラス内の激しい競争にさらされる。

 しかし、それはマシなほうだ。


 悲劇は利用価値が『ある』と判断された時だ。


 その時点で彼らは巧みに獲物をもてはやす。普段、褒められ慣れてない4軍は、調子にのってそのおだてに乗ってしまう。そして、彼らはそれとなく搾取を試みる……「()()()()」、という殺し文句を使って。


 彼らの術中にはまって、レアアイテムを差しだしたり、隠しダンジョンの攻略法を教えたり、身体を張って彼らを護ったりした4軍は、数日ほどのチヤホヤ接待を受けたあと、めでたく流刑地(3軍)に送り出される。すでに6人以上の同士(4軍)がその標的にされた。


 4軍は己を律さなければいけない。僕らはサッカー部でも、野球部でもない。お洒落でも、イケメンでもない。地頭がいいわけでも、コミュニケーションに長けているわけでもない。背伸びをせずに、身のほどを知って目立たぬ学校生活することが、最善手であることを自覚せねばならない。


 そんなことを何度も心で言い聞かせながら、僕らは深夜ラジオの話題に興じた。


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