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戻りの定期船に乗れたのは、それから三日後のことだった。
船がいつ島に来るのか分からないので、桟橋付近で待っている間、何度もドラゴンの襲撃があった。その度にシアが倒してくれたので、気づけば手元にあるドラゴンの心臓は三つ――牙や爪はもっと増えた。
通常、ドラゴン関連の買取はギルドで行われる。多くのドラゴンハンターが仕事を求めて集まるギルドは、たいてい大きな町や都にしか存在しないのだが、幸い、港町に小さな出張所があって、アネーシャたちは真っ先にそこへ向かった。
「お前さん、ドラゴンハンターじゃないっていうのは本当かい?」
対応してくれた受付の男性が、持ち込んだ品を見て、驚いた声をあげる。
気味悪そうな視線を受け流しながら、シアは面倒臭そうに答えた。
「ドラゴンを倒せるのは、何もハンターだけとは限らないだろ」
「にしたって、すごい数だ。しかも希少価値の高い心臓まで……」
これでハンターじゃないなんて信じられないと、ぶつぶつ呟いている。
「買い取るのか買い取らないのか、どっちなんだ?」
「も、もちろん買い取らせてもらうよ」
「正規の値段で?」
「それはハンターが相手の場合さ。一般人向けの買取は、諸々の手数料が発生するから、価格は多少低めになる」
『いっそのこと、ハンターになっちゃえば?』
コヤの無責任な言葉を伝えると、シアは考え込むような顔をした。
「一般人でもハンター登録できるのか?」
「お前さんほどの腕前なら、きっと簡単だろうよ」
ドラゴンハンターになるには、まず適性検査を通過した上で、他のベテランハンターのもとで数年間、修行しなければならない。そこで一人前だと認められた者が、推薦状を持ってギルドマスターと面会し、ハンターとして登録されるという。
それを聞いて、シアは顔をしかめた。
「時間がかかりすぎる」
「とりあえず査定してもらうのはどうかな?」
急かすのも悪いと思ったが、そろそろ体力の限界で、アネーシャとしては早く宿屋に行って休みたかった。査定額は全部でおよそ金貨四〇枚、そこから手数料や税金やら、諸々引かれると、金貨三十六枚と銀貨五〇枚になるという。これで一気にお金持ちになった。
「それでお願いします」
若干不満顔のシアに全額預けて、宿屋を探す。
「ごめん、シア。でも日が暮れてきたし」
『お腹もすいたしね~』
部屋に案内されて、アネーシャはベッドに飛び乗った。
しばらくゴロゴロしたあとで食堂へ向かう。
そこそこいい宿屋だったので、食堂は人で溢れていた。
先にシアが席を確保してくれていたおかげで、順番待ちせずに座れた。
「席をとってくれてありがとう。お夕飯何だって?」
「メインは魚料理、パンとスープ、あと野菜のサラダ」
何の魚かは分からなかったが、身は柔らかで臭みがなく、美味しかった。
パンはふわふわ、スープはやや辛めの味付けで、食欲が増す。
「それで次の目的地は?」
シアに訊かれて、アネーシャは膝の上のちょこんと座ったコヤを見下ろす。
「コヤ様、聞こえた? 次の目的地は?」
『ヴァレ山』
「……ヴァレ山って、邪神ドルクが根城にしていた場所だよね」
『そしてあたしたちの愛の巣だった場所』
色っぽく答えられても、「あ、そうなんだ、ふーん」としか言いようがない。さらに言えば、巡礼の旅というより「月の女神の思い出の地を巡る旅」みたくなっている気がしてならない。
『露骨に興味ないでしょ』
「ヴァレ山は上位種のドラゴンが巣くう、危険な山だ」
早々に食事を終えたシアが口を挟んだ。
「討伐依頼がない限り、上位ランクのハンターでも近づかない。それでも行くのか?」
それを聞いて、自分のことより護衛であるシアの身が心配になった。
「今回はやめとく?」
『馬鹿ね、坊やなら大丈夫よ。上位種相手でも十分戦えるって』
「コヤ様って、何げにシアの扱いがひどいよね」
猛然と抗議するアネーシャを、コヤは軽くあしらう。
『危なくなったら、あたしにお願いすればいいのよ。ドラゴンを倒してくださいって』
呆れてシアに伝えると、
「いっそのこと、女神の力で地上に居るドラゴンを殲滅させることはできないのか?」
彼は不思議そうに訊いた。
『できなくもない。けど……」
「けど?」
『神力を使い果たして消滅しちゃうかも』
「コヤ様が?」
『もちろん、アネーシャも道連れ』
思わず考え込んでしまったアネーシャに、コヤは続ける。
『それにあたしの力は月を供給源にしているから、月も一緒に消えちゃうわね』
それはさすがにまずいと、アネーシャは慌てた。
『で、ヴァレ山、行くの? 行かないの?』