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追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中  作者: 四馬㋟
無人島ザルヘイアでドラゴン狩り
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 ようやく森を抜けると、目の前には草原が広がっていた。

 ずっと進んだ先に街道が見える。


 街道に向かって歩きながら、アネーシャは美しい草原の風景に目を奪われていた。


「走ったら気持ちよさそう」

『なら、やってみれば?』


 実際に走ってみて、開放感と爽快感を覚えたのは一瞬のことで、


『ちょっとアネーシャ、大丈夫? 今にも死にそうな顔してるけど』


 腰を曲げ、ゼーゼーと苦しそうに息を吐くアネーシャを、コヤが心配そうに見ている。


「心臓がバクバクしてる。足もふらふらだし」

『運動不足もそこまでくると同情するわ』

「ごめん、私、本当に体力なくて……」

『ひきこもり生活の弊害ね』

「少し休憩してもいい?」

『さっきからそればっか』


 椅子になりそうな岩の上に腰掛けると、コヤは呆れたような顔をしていた。


『アネーシャって本当に19歳?』

「そういえばコヤ様はいくつだっけ?」

『女性に年齢を訊くのは失礼よ』

「コヤ様が言う?」


 その時、強い風が吹いて、危うく岩から転げ落ちそうになった。


『アネーシャ、隠れてっ』


 何かが近づいてくる気配に、すぐさま岩陰に身を隠した。

 バサバサという羽ばたく音と共に、頭上を、大きな生き物が通り過ぎていく。


「もしかしてドラゴン?」

『ええ、見つからなくて良かったわね』


 狩りをしたあとだろうか。

 草原の上に血が滴り落ちていて、ぞっとした。


『そろそろ出てきてもいいわよ』


 周囲を警戒しつつ、慎重に歩みを進める。

 やっとのことで街道にたどり着き、再び地図を出した。


「この道は南北に向かって続いているから、南はこっちだね」

『いいえ逆よ、アネーシャ』


 歩いては休憩、また歩いては休憩、を繰り返していると、


「お嬢さん、荷物を抱えて大変そうだね。どこまで行くんだい?」


 幌馬車に乗った大柄の男に声をかけられた。

 これぞ神の助けと思い、


「この先にある宿場町まで」

「俺もその町に用があるんだが、乗ってくかい?」


 思わず頷きかけたアネーシャの前に、『ダメよ』とコヤは立ちはだかる。


『こいつ、悪いことを考えているわ。付いていったら後悔する』


「……結構です」

「どうして? ここから町までかなり距離があるよ」

「巡礼の旅だから。自分の足であるかないと意味ないの」

「……そうかい」


 男は一瞬、品定めするような視線をアネーシャに向けたものの、さっさと行ってしまった。


『無理やり連れ込まれなくて良かったわね』

「そういう問題?」


 はあとため息をついて、歩き続ける。

 それからしばらくして、また声をかけられた。


「お嬢さん、乗ってくかい?」


 今度は荷馬車に乗った老人だった。農夫のような格好をしている。

 アネーシャが断ろうとすると、


『乗せてもらいなさいな』

「いいの?」

『あなたが孫娘にそっくりだったんで、親切心から声をかけたみたいよ』


 お礼を言って、いそいそと荷台に乗せてもらった。


「座ってるだけで移動できるって素敵だね」

『あんまり楽すると、いつまで経っても虚弱体質なままよ』

「私は虚弱じゃなくて、運動音痴で体力がないだけ」

『はいはい言い訳』

「いい訳じゃありません」

 

 そんなやりとりをしているうちに、宿場町に着いた。 

 農夫の紹介で、格安の宿に泊まることができたものの、


「残りのお金で船に乗れる?」

『食事代も入れたらギリギリってところね』


 翌日、港町に着いたアネーシャたちは、最終便の船に間に合い、船内で一夜を明かすことになった。けれど初めての船旅で興奮していたアネーシャは、なかなか眠れず、軽い船酔いもあって、たまらず船室を出た。


「なんか気持ち悪い」

『思い切って吐いちゃえば?』

「それは、女としてどうかと……」


 外へ出て、夜風に当たるも、周囲は真っ暗でほとんど何も見えない。


「海を見たのって初めて」

『そういえばそうだったわね』


 甲板の先端部分には先客がいて、フードを目深にかぶって顔を隠していた。

 こちらに気づいて、さっと振り返る。


『あいつ、意外としつこいのね』


 潮風に混じって、嗅いだことのある匂いがする。

 獲物をおびき寄せる甘い香り――すぐにあの暗殺者だと気づいた。


「まだ諦めてなかったんだ」

「……教団を――俺の組織を潰したのはあんたの仕業か?」

「私にそんな力があると思う?」


 質問を質問で返すと、苛立たしげに舌打ちされる。


「あんたが本物の聖女なら……」

「それは私が決めることじゃない。用事はそれだけ? それともまだ私の命を狙ってる?」

「まさか。どうせ返り討ちに遭うに決まってる。こんな風に」


 かぶっていたフードを取って、少年は顔をさらした。

 あまりの変わりように、アネーシャは息を飲んだ。


 絶世の美女ならぬ絶世の美少年だったのに、今や見る影もない。

 片目が潰れ、顔の一部が焼けただれたようになっている。


「この俺がまさか毒にやられるとは――その上、俺の顔を見ると、誰もが気味悪そうに目をそらす。こんな屈辱は生まれて初めてだ。おい女、そんなにひどいか? 俺の顔は?」


 自虐的な声を聞いて、アネーシャは近くにいたコヤを軽く睨む。


『分かった、治せばいいんでしょ、治せば』


「傷を癒すことはできるって」

「……そう女神様が言ってるのか?」

「そうよ。別に信じてくれなくてもかまわないけど」

「なぜ俺を助ける? 俺はあんたを殺そうとしたのに」

「今は違うでしょ」


 傷を癒すために近づこうとすると、さっと距離をとられる。

 再びフードをかぶって顔を隠す彼に、アネーシャは穏やかな声で言った。


「安心して。傷を癒すだけだから」

「その必要はない」

「どうして?」

「俺は全てを失った……住む家も、コミュニティーも、仕事も……今さら顔が元に戻ったところで意味がない」


 美しい顔にも未練はないという。

 彼にとっては、仕事をする上で役に立つ道具、程度の価値しかないようだ。


「あの顔だと目立つしな」

「だったらなぜ、私のあとをつけて来たの?」

 

 わからないと、途方に暮れたように少年は言う。


「ただ、知りたかったんだ。あんたは間違いなく本物だ。それなのに、なぜ偽物として神殿を追い出された? あんたを殺せと依頼してきた男のせいか?」


「その人のこと、知ってるの?」

「ああ。心臓発作で突然死したらしい」


 驚いてコヤの顔を見ると、『あたしは知らーない』とそっぽを向かれる。


『医者の不養生ってやつでしょ』


 彼は医者ではなく聖職者のはずだが。

 そう言い返せば、『似たようなものでしょ』と突き返される。


 どちらにしろ自分には関係のないことだと思い直し、アネーシャは少年に向き直った。


「本物だとか偽物だとか、私にとってはどうでもいいの。ただもう、あの神殿にはいられないから、出て行っただけ。それに今の生活の方が好きだから」


 外の空気を吸って、美しい景色を見て、自分の足で歩いて、物を買って食べて――たったそれだけのことに、アネーシャは充実感を覚えていた。生きていると実感できた。自由の味を知った今、これまでの、聖女としての生活が、窮屈で息苦しいものに思えてならない。

 

 後任であるマイア・クロロスには、心から同情してしまう。


 そうか、とつぶやいたきり、少年は黙り込んでしまった。


『この坊や、使えそうね』

「……コヤ様?」

『坊やに伝えて、アネーシャ。あたしがあなたを雇うって。聖女の護衛として』


 目を丸くするアネーシャに、コヤは優しく続ける。


『仕事を全うできたら、ご褒美にどんな願いも叶えてあげる』


 神様の十八番おはこが出てしまった。

 否とは言わせない、魔法の言葉――どんな願いも叶えてあげる。


 一応、伝えることは伝えたが、


「もちろん、断ってもいいよ。これくらいのことで天罰は下らないと思うし」


 と慌てて付け加える。

 少年の答えは早かった。


「わかった、俺の命に代えても聖女を守りぬく」


 力のこもった言葉に、コヤは満足そうにうなずいている。


『契約成立ね』


 ――なんか、大変なことになってきたような……。


 しかし単純に考えれば、旅の仲間が増えるのは喜ばしいこと、かもしれない。


「ところで君、名前はなんて言うの?」

「名はない。割り当てられた番号や植物の名前で呼ばれていた」

「植物?」

「シアヒレン……知ってるか?」

「ああ、あの綺麗な花。だったら君のことはシアって呼ぶね」

「……単純だな」

「ヒレンのほうがいい?」

「どっちでも」

 

 それから言いづらそうに、シアは言った。


「あと、一つだけ頼みたいことがあるんだか」

「何?」

「傷を癒す代わりに、この刺青を消して欲しい」



 


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