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「アネーシャ、見て。綺麗な花が咲いているよ」
「うわぁホントだーきれー」
「セリフが棒読み。露骨に興味ないね」
「私、花より団子派なので」
「そんなドヤ顔で言わなくても」
朝食後、アネーシャはダガーを連れて外へ出た。部屋でじっとしているよりも、動き回ったほうが記憶が戻りやすいだろうと思ったからだ。
「ダガーはどこか行きたいところある?」
「特には……」
「だったらギルドに行ってみようか?」
「ああ、そういえばドラゴンハンターだったね、僕は」
「他人事みたいに言うねぇ」
「実際、他人事みたいに感じるんだ」
「ウルスさんに会ったら何か思い出すかも」
「……うるす?」
「ドラゴンスレイヤーのウルス・ラグナさん。シアの……ダガーの大好きな人だよ」
彼もジェミナと同じく、しばらく宿にも戻っていないので、果たしてギルドにいるかどうかは分からないが、とりあえず行ってみることにする。ギルドは町外れにあるので、結構な距離だ。それでもお昼頃には着くだろうし、運がよければ一緒に……、
「アネーシャにとってはどういう人なの?」
考え事をしていたせいか、「へ?」と聞き返してしまう。
「君もその彼のことが大好きなのかい?」
「そ、そんな、ま、ましゃか……」
動揺するあまり噛んでしまった。
そんなアネーシャを見、ダガーはガッカリしたように肩を落とす。
「そうか、好きなんだね」
「か、勝手に決めつけないで」
「なら嫌い?」
「そんなわけ……」
「素直じゃないね」
哀れむような視線を向けられて、「うー」と言葉に詰まってしまう。
「それとも素直になれない理由でもあるのかな?」
鋭い。
「例えば彼は妻子持ちとか?」
「独身です」
「特定の相手がいる可能性は?」
「……無きにしも非ず」
なるほど、とダガーはうなずく。
「さぞかしモテる男なんだろうね」
「……そう」
「そして君は自分に自信がない」
その言葉に、アネーシャは愕然としてしまう。
――聖女でなくなったら、もう二度と、コヤ様の声を聞くことはできない。
――そしてコヤ様は新しい聖女のところへ行っちゃう。
――私は絶対に結婚しない。
コヤと離れたくないから、コヤとずっと一緒にいたいから。
だからこれまで、ウルスへの淡い恋心を認められずにいた。
懸命に気づかないふりをしてきた。
けれど今ダガーに指摘されたことで、気づいてしまったことがある。
――聖女でなくなったら、私は無価値な孤児に戻ってしまう。
美しくもなければ教養もない。
実の母親ですら見放した自分を、ウルスは愛してくれるだろうか?
愛し続けてくれるだろうか?
ダガーの言う通りだ。
アネーシャは自分に自信がなかった。
――けれど聖女であり続ければ、コヤ様がそばにいてくれる。
たとえ老いて醜くなってしまっても、コヤは愛してくれるだろう。
信者たちは自分を必要としてくれるだろう。
アネーシャは愛されたかった。
俯いて唇を噛み締めるアネーシャを見、ダガーは慌てた。
「アネーシャ、ごめん。気に障ったのなら謝る」
「……記憶喪失のくせに……よくも他人の急所を……」
「本当にごめん。傷つけるつもりはなかったんだ」
道中、立ち寄った土産物店でたらふくお菓子を奢ってもらい、アネーシャはようやく機嫌を直した。それでも、ダガーに言われた言葉がずっと胸に突き刺さっていて、自然と足取りが重くなってしまう。
「アネーシャ、あれがギルドかい?」
「正確には出張所ね」
ただし、この町にはドラゴンの肉を扱う高級料理店が数多くあるので、討伐依頼も多いらしく、出張所とはいえそこそこ大きな造りになっている。ハンターが寝泊りできる部屋もあるらしい。
出入口付近へ行くと、中からぞろぞろとハンターらしき男たちが出てきた。
「まさか神殺しの剣の捜索依頼までくるとはな」
「ドラゴン関係ねぇじゃん」
「盗んだ犯人が凶暴な奴なんだろ、きっと」
「……または組織的犯行か」
「町長直々の依頼じゃ、断れねぇしな」
「おまえ、受けるか?」
「報酬は魅力的だよなぁ」
「俺はやらねぇぞ。どうせ骨折り損のくたびれ儲けだ」
開けっ放しの扉から、アネーシャは首を伸ばして中をのぞきこむ。
幸いなことに、彼はいた。
ウルスは長身なのですぐに見つけられたものの、
「……誰、あの女」
「どうしたんだい、アネーシャ。怖い顔して」
「女と話してる」
「誰? ウルスさんが?」
「……そう」
アネーシャの後ろからダガーも中を覗き込む。
「うわぁ、すごい美人だ」
グサッ。
「それにずいぶんと親しげだね」
グサッ。
「もしかして恋人かな」
その言葉が決定打となった。
色々な意味で打ちのめされたアネーシャはよろよろと後退する。
「か、帰る」
「大丈夫だよ、アネーシャ。僕は君のほうが好みだからね」
「う、嬉しくない」
追い打ちをかけられて、アネーシャはその場から逃げるように駆け出した。




