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追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中  作者: 四馬㋟
美食の街ルエドで愛の告白に舌鼓

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「うー、寒いっ。今日、外に出るのやめようかな」

『いっそのこと冬眠すれば』

「するする」


 しばらくベッドでごろごろしていたアネーシャだったが、


「……やっぱ出る。何かあったかいものが食べたい」


 起き出して支度を始める。


『はいはい、いつものパターンね』

「愛されないことは悲劇、空腹で眠ることは惨劇っ」

『行商人の啖呵売り……そんなに気に入った?』

「せっかく食い倒れの町に来たのに、部屋にいるのももったいないし」

『食い倒れじゃなくて美食の町よ』

「似たようなものでしょ」

『アネーシャにとってはね』

「それ、どういう意味?」


 アネーシャたちは現在、美食の町として知られるルエドに来ていた。なぜかと言えば初給料をもらったジェミナが皆においしいものをご馳走したい、どうせなら高級店で、と言い出したからだ。


「ジェミナも気を遣わなくていいのに」

『その割に誰かさんが一番食べてたけど?』

「おいしかったね、鴨料理」

『絶対に裏があるわよ』

「裏って?」

『あの女が何か企んでるに決まってる』


 あの女というのはサウラのことだろう。


「企むって何を?」

『ホント鈍いわね、アネーシャ。この町には神殺しの剣があるのよ』

「それって広場にある、岩に突き刺さってる剣のこと?」


 確かこの町の観光の目玉にもなっていたはず。

 あれ、本物だったんだと違う意味でびっくりしてしまう。


 全知全能の神が神々との争いで使用したと言われる伝説の剣。


『あれはレプリカ。本物は役場にあるわ』

「なるほど、防犯対策ね」

『今のところ大切に保管されているようだけど』

「サウラ様がそれを狙ってるって?」

『あの女に奪われるくらいならいっそのことあたしが……あっ』

「どうしたの?」


 支度を終えたアネーシャがベッドの上にいるコヤに近づいていく。

 小熊の姿のコヤは、慌てた様子でお腹辺りを探っていた。


『ないっ、ないわっ』

「ないって何が?」

『あたしの大切なひ……物がよっ』

「どっかで失くしちゃった?」

『このあたしが失くしたり落としたりするはずないじゃないっ』

「……なら」

『盗まれたのよっ、あの女にっ』


 興奮するコヤとは対照的にアネーシャは落ち着いていた。

 真顔でコヤに詰め寄る。


「何を? 何を盗まれたの?」

『そ、それは……もごもご』

「何て言ったの? 聞こえない」

『まだ、言えないわ』

「どうして?」

『大人の事情ってやつよ』


 しまいには開き直るコヤに、アネーシャは眉をあげる。


『とにかく、あたしはあの女のところへ行ってくるからっ』

「いつお戻りに?」


『それより、あたしがそばにいないあいだは、これまでみたいにすぐ願いを叶えるってわけにはいかないから、用心なさい。今ある神力を使い果たしたら何もできなくなるから。できるだけ部屋にこもって、誰とも会わないようにすること。面倒なことは極力避けること。いいわね』


 そう言い残して、コヤは姿を消した。

 しんと静まり返った部屋で、アネーシャの腹が鳴る。


「よし、ご飯食べに行こうっと」





 ***





 ジェミナが奮発して奢ってくれた高級料理は確かにおいしかった。全ての料理が一口サイズで品数も多く、旬の食材から珍味にいたるまで丁寧に調理されていて、ほっぺたが落ちるほどおいしかった。


 ただし、高級店に入るには予約が必要な上、それに相応しい服装をしなければならず、そこだけが面倒だった。料理よりもドレス代のほうが高くついたとジェミナが嘆いていたほどだ。


 ――それに安い料理がまずいとは限らない。


 ということで美食の町を歩きながら、アネーシャは屋台もしくは大衆食堂を探していた。美食家をうならせるような庶民の味がこの町にあると信じて。


「それでなんで激辛料理店なんだよ」


 付いてきてほしいと頼んでもいないのに付いてきたシアの言葉に呆れてしまう。


「このお店をよくご覧なさいよ。いかにもって感じでしょ?」

「何が?」

「だから、このお店に入ってどう思った?」


 シアはあらためて辺りを見回すと、顔をしかめて答える。


「今にも崩れそうなボロ屋だ」


「それだけ長い歴史があるってこと。この町で……高級料理の激戦区でこのお店は長いあいだ生き残ってきたんだよ? それってすごいことだと思わない?」


「思わない」

「……ったく、これだから素人は」

「おまえはいつから専門家になったんだ?」


 出てきた料理は全て青唐辛子や赤唐辛子の量で辛さが調節されていて、アネーシャは舌がしびれて痛むという感触を、多いに楽しんでいた。顔は火照るし汗は吹き出すし、涙と鼻水が止まらない。毛穴も全開していることだろう。


「ひどい顔だな」

「うるさい。こっち見ないで、集中してるんだから」


 口から火が出そうなほど辛い……が、それがいい。

 一方のシアは、表情を変えずにパクパクと食べている。


「なんだかんだ言って、私より食べてるじゃない」

「……うまかった」


 結局その日、歩き疲れるまで食べ歩いて宿屋へ戻ると、即寝落ちしてしまった。お昼過ぎに目が覚めても、コヤは戻ってこなかった。ウルスは相変わらず仕事で忙しそうだし――おそらく新たな依頼でもあったのだろう――ジェミナも今はハンターの仕事に夢中なようだ。


「シアは仕事しなくていいの?」

「してるだろ、今」


 食事中にコヤがいなくなったことをポロっと漏らしたせいか、どこへ行くにもシアが付いてくる。この町の治安は良さそうだから一人でも平気だと言っても付いてくる。


「俺はおまえの護衛だ」

「というよりお世話係?」

「……イヤミのつもりか」

「コヤ様がそう言ってたんだもん」

「女神は何を盗まれたんだ? いつ戻ってくる?」

「それを訊きたいのは私のほう」


 散歩がてら町を歩いていると、役場の前に人垣ができていた。


 その向こう側で、身なりの良い中年男が真っ青な顔で地面にへたりこんでいる。彼を取り囲むように沈痛な面持ちの職員たちもいて、野次馬たちがこそこそ話をしていた。



「気の毒になぁ。空き巣にやられたらしいぜ」

「金庫がこじ開けられてたんだろ? 犯人はゴリラみたいな大男に違いねぇ」

「それが現金の類は手付かずで……」

「神殺しの剣だけが盗まれたっていうのは本当かい?」

「そもそも神様にしか扱えねぇ代物なんだろ?」

「普通の人間じゃ鞘から剣が抜けないらしいぜ」

「使えないものをなぜ盗むんだ?」

「さあ? 観賞用だろ」

「有名すぎて転売は難しいだろうしな」

「しかし、『神殺し』なんてぇのは、観光客を増やすためのホラだと思っていたけどな」

「役場の連中は頭がいいから」

「けど盗難にあったってぇことは……まさか……」

「嘘か本当か、神のみぞ知るってな」

「うまいこと言うじゃねぇか」


 わははと不謹慎な笑いがこぼれる中、アネーシャは小声で言った。 

 

「犯人はきっとコヤ様だ」 

「犯人って……元は父親の物なんだろ?」

「良かった、なら罪にはならないね」

「心配するとこ間違ってないか?」


 言いながらシアが頭を手で押さえているので、「どうしたの?」と訊ねる。


「頭痛がする……」

「珍しいね。治してあげようか?」

「いい。ほっときゃ治る」


 それでも一向に痛みが引かないようなので、慌てて宿屋へ戻ることにした。

 

 結局その日もコヤは戻ってこなかった。

 こんなことは初めてで、不安になってしまう。


 女神が聖女のそばを離れるなんて、いまだかつてあっただろうか。

 よほどの理由があるに違いないとシアは慰めてくれたけれど。




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