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翌日、疲れが溜まっていたせいか、お昼近くまでぐっすり眠ってしまった。
寝ぼけた頭で食堂へ行くと、いたのはリリアンだけで、
「ああ、あのお三方なら朝早くに出立されましたよ」
まさか置いていかれるとは思わず、慌てて彼らが泊まっていた部屋へ行くが、
「でも荷物はまだここにあるよ?」
「かなり慌てていらしたので、忘れていったのでしょう」
にしても普通、武器まで置いていくだろうか?
もしかしたら散歩に出ただけかもしれないと思い、彼らを捜しに外へ出ると、
「あら、お嬢さん、誰かお捜し?」
ここの村人たちはどうやら世話好きらしく、行くところ行くところで声をかけられた。
連れを捜していると言えば、
「あの三人ならとっくに村を出て行ったわよ」
皆、揃いも揃って同じ答えを口にする。
通りには相変わらず男性の姿はなく、とっくに畑仕事へ出かけたとのこと。
いるのは若い女性ばかりで、年寄りや子どもの姿もない。
さらに言えば、村人たちは何かに怯えているようにも見える。
「この村、なんか変だよね」
『やっと気づいたの?』
「もしかしてここ、ドラゴンいる?」
『ええ、人間の男しか食べない男好きのドラゴンがね』
しかもBランクのドラゴンハンターがあっさりとやられたとなれば、間違いなく上位種だろう。
『若い女を餌にして、男をおびき寄せているのよ』
「そんなことができるってことは……」
ククシル湖で倒した主と同等か、それ以上のドラゴンに違いない。
『あの三人はまんまと罠にかかったってわけ』
「まだ生きてるの?」
『かろうじて。保存食として食料庫に閉じ込められてる』
だったら助けに行かねばなるまい。
けれどその前に、
「あ、あそこの店から良い匂いがする」
腹が減っては戦はできぬとばかりに、鼻をヒクつかせながらお店に入る。
朝から何も食べていないので、お腹と背中が今にもくっつきそうだ。
「オススメはなんですか?」
感じの良い店員に勧められるがまま、爽やかなミントソースがかかった鶏肉のリゾットと、野菜や引き肉、豆などを薄いトウモロコシのパンで巻いて、ピリ辛ソースで味付けした伝統料理、甘い果物水を注文する。
「辛いっ、うまいっ、からっ、うまっ、からうまっ」
『わかったから黙って食べなさい』
満腹になるとやる気も漲り、アネーシャは張り切って外へ出た。
「じゃあコヤ様、今からドラゴンをやっつけてくるから」
『ならもう犯人の目星はついているのね』
もちろんだとうなずき、アネーシャは勇んで来た道を引き返す。
「そのドラゴンは今、人間に擬態しているんだよね。だからハンターたちも気付かなかった」
ドラゴンが擬態していると思われる人物――あいつしかいない、あいつしか考えられないとアネーシャは確信していた。最初から怪しいと思っていたのだ。未亡人という話も、嘘に違いない。
『ちょい待ち、アネーシャ』
コヤの制止の声を振り切って、アネーシャは村長の家に突進していく。
扉を開けて無断で中へ入ると、居間でくつろいでいる村長――リリアンの姿があった。
「あら、もうお戻りに?」
白々しい、とアネーシャは鼻を鳴らした。
何か武器になるものはないかと辺りを探して、暖炉そばにいある火かき棒を見つける。
「茶番は終わりよ。観念しなさい、イケメン食いのドラゴンめ」
言うやいなや火かき棒を掴むと、それをリリアンの頭部めがけて振り下ろす。
リリアンはひっと悲鳴を上げて逃げようとしたものの、アネーシャのほうが速かった。
きっと魔石の力のおかげだろう。
火かき棒は見事リリアンの後頭部に命中した。
『アネーシャっ、なんてことをっ』
頭から血を流して倒れているリリアンを指差し、「あちゃー」と額を押さえるコヤ。
あまりにも呆気ない手応えに、アネーシャも「あれ」と首を傾げる。
「どうしてドラゴンの姿に戻らないんだろ」
『当たり前でしょ。その人はただの人間なんだから。あと正真正銘、女だから』
「うそっ」
どうやら早とちりして、やらかしてしまったらしい。
『だから待てって言ったのに』
「だったら真犯人は今どこに?」
火かき棒を手放し、考え込むアネーシャ。
『あのねぇアネーシャ……』
「ダメっ、自分で考えるから答えはまだ言わないでっ」
『じゃなくて、早く治療しないと、その人、出血多量で死んじゃうわよ』




