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「ねぇ、コヤ様」
『なぁに、アネーシャ』
「どうして私たち、空を飛んでるの?」
お下げにぶら下がっている栗鼠の姿のコヤに、アネーシャは訊いた。
雲の中にいるせいか、視界が悪い上にやたらと空気が冷たくて、ぞくぞくとする。
『それはね、アネーシャ。どっかのぼんやりしたお嬢さんが、ドラゴンに捕まったせい』
「それって私のこと?」
『他に誰がいるのよ』
「……私たち、これからどうなるの?」
『愛の巣へ運ばれて、雛たちの餌になるのよ』
そんな……とショックのあまり呆然としてしまう。
ドラゴンにがっしり掴まれた荷物袋が今にも破けそうで、はらはらした。
『さっさと荷物を手放さないから、こうなるの』
お説教を遮るようにアネーシャは言った。
「まったく、この緊急時に護衛は何をしてるんだかっ」
『今回は坊やのせいにできないわよ。近くにいなかったんだから』
「なんで?」
『誰かさんがひとりでこっそり買い食いに出かけたからでしょ』
そういえばそうだった。
「鳥の串焼きおいしかったね」
『そこで少しも反省しないのがアネーシャよね』
人聞きの悪いこと言わないでとアネーシャは頬を膨らませる。
「反省してるよっ」
『どこが?』
「次に買い食いに行く時はジェミナも一緒に連れて行く」
『坊やも一緒に連れて行ってあげて』
その時、ビリっと荷物袋の破ける音がして、アネーシャは息を止めた。
荷物袋の中身がポロポロとこぼれ出して、「ああ」と悲しみの声をあげる。
「大切なおやつが……まだ一口も食べてないのに」
『寝ぼけたこと言ってないで、さっさと助けを呼びなさい』
「……この状況で? いつ落ちて死ぬかわからないのに?」
『アネーシャ、あたしを誰だと思ってるの?』
「湖からかなり離れちゃったから、さすがのウルスさんでも無理だと思う」
『通りすがりのイケメンが助けてくれるかもよ』
あーはいはい、とアネーシャは半ばヤケになって叫んだ。
「きゃー助けて。ドラゴンに食べられちゃう」
『セリフが棒読みっ。もっと言葉に気持ちをこめてっ』
なぜかダメ出しされたので、もう一度トライ。
「きゃー助けてっ、ドラゴンに食べられちゃうっ」
『いいわアネーシャ、女優になるのよっ』
私は一体何をやっているのだろうと、ふと我に返ったところで、
「ギャー」
というドラゴンの断末魔を聞いた。
見ればドラゴンの眼球に矢が突き刺さっていて、血が噴き出している。
通りすがりのハンターに矢を射られたらしい。
にしても結構な高さがあるのに、かなりの使い手だ。
奇襲攻撃に驚いたのか、ドラゴンはあっさり獲物を手放すと、速度を上げて逃げ出してしまった。
「落ちるーっ」
『そうね、落ちてるわね』
迫り来る地面を見、死を覚悟したアネーシャだったが、
「危ないところでしたね、お嬢さん」
気づけばふわりと抱きとめられ、お姫様抱っこされていた。
さらに言えば、
「お怪我はありませんか?」
細マッチョの美形――イケメンハンターがいた。
しかもイケメンは一人ではなく、
「大丈夫か? 嬢ちゃん」
「ドラゴンにかじられたりしてない?」
ワイルド系イケメンや王子系イケメンまでいる。
アネーシャはしみじみとした口調で言った。
「地獄に落ちたと思ったら天国に来たって感じだね」
『ぷぷ、アネーシャも女ね』




