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「ねぇ、知ってる? この町にドラゴンスレイヤーが来てるんですって」
「うそっ、あの超イケメンが?」
「そうなの、一度でいいからお近づきになってみたいわ」
「無理よ。一般人は相手にされないって」
「さる公爵令嬢のお誘いも断ったんですってね」
「政治や権力に興味がないのよ」
「そういうところもグッときちゃうけど」
公衆浴場の脱衣所で、ぺちゃくちゃお喋りしている若い女性たちに混じって、アネーシャはもたもたと服を脱いでいた。コヤは既に準備万端で、美女の姿で全裸待機している。相変わらず見事なプロポーションだ。完璧すぎて妬む気にもなれない。
「噂じゃ彼、パーティーを組んだらしいわ」
「それなら知ってる。弟子を育ててるんですってね。しかも美形よ。王子様みたいな子」
「今日は別の子も連れてたわよ。目がクリっとした可愛い系男子」
「きっとすごく見込みがあるのよ」
「顔面偏差値で選んだわけじゃなくて?」
「じゃなきゃ、S級ランクの仕事を引き受けるわけないでしょ」
「よく知ってるわね」
「ギルドで親戚が働いているの」
「それ、下手したら情報漏えいだよ」
「バレなきゃ平気」
きゃあきゃあ笑いながら彼女たちが浴槽へ向かうと、アネーシャもそれについて行く。中は広く、いくつもの浴槽があった。大浴場に小浴場、高温の湯、低温の湯、冷水、ハーブ湯などなど……。まずは洗い場で砂まみれの身体を丁寧に洗ってから、低温の湯にゆっくり浸かる。
「はー、気持いいね、コヤ様」
『ホントねー』
それから先ほどの彼女たちの会話を思い出して、くすっと笑う。
「ジェミナは女の子なのに。男の子だって勘違いされてたね」
『いや、大事なのはそこじゃないから。あの色男がモテモテっていう点だから』
「ウルスさんがモテるのは当たり前でしょ。カッコイイもん」
『他の女に横取りされたらどうするのよっ』
「横取りって……別に私たちは……もごもご」
『彼を寝取られてもいいのっ』
「……ウルスさんはそんな人じゃないと思う」
身体がいい感じにぬくもってきたので、高温の湯へと移動する。
『アネーシャ、男は誰しも心に獣を飼っているのよ。そして時おり、理性という名の鎖を食いちぎって暴走するの』
「もっとわかりやすく説明してよ……あちっ」
『男は浮気する生き物なのよっ、アネーシャっ』
「邪神ドルクも?」
『ええ、何度かやられたわ。その度に泥棒猫の夢の中に入って、二度とドルクに近づかないよう、懲らしめてやった』
そこで「ん?」と首をかしげる。
「男のほうは懲らしめなかったの?」
『だって彼は悪くないもの。男の本能につけ込んで誘惑した女が悪い』
人間にはできる限り多くの子孫を残したいという本能がある、だから男性はより多くの女性と関係を持ちたいと望んでしまう――そんな言い訳をする浮気男の話を、つい先ほど耳にしたばかりだ。
「それは虫とか魚とか、下等生物に限ったことで、人間には当てはまらないって、さっき女の子たちが話してたよ」
『あたしの恋人を虫や魚と一緒にしないでっ』
「人は恋をすると愚かになるっていうけど……神様も同じなんだね」
ソル・サウラのことを思い出しつつ、遠い目をするアネーシャ。破瓜の血云々の話で胃をキリキリさせていたが、熱いお湯に浸かって汗を流したら、一気にお腹がすいてきた。
「そろそろお風呂を出て、ご飯食べに行かない?」
長旅で疲れているので、食べ歩きはさすがに無理かなと思いきや、屋台通りに入った途端、考えが変わった。パンや肉類がこんがり焼ける匂いにつられて、ふらふらとお店に近づいていく。
「このイモムシみたいな形のパン、すごくおいしいっ」
薄い小麦粉の生地に牛肉や鶏肉の細切れ、甘みのある野菜やクルミが入っていて、おいしい上に食感も楽しめる。他にも、濃厚なチーズが入ったもちもち食感の芋パン、少し肉質が硬いが味がしっかりしている、高地に生息する動物の肉を使った混ぜご飯、そしてシメは、湖水地方ならではの魚料理。
「もうお腹いっぱい……」
『なら、そろそろ宿に帰るわよ』
「ウルスさんたちもちゃんと食べてるかな」
『ぷぷっ、アネーシャったら……』
「なんで笑うの? 何かおかしいこと言った?」
『そんなに気になるのなら、明日にでも様子見に行く?』
「そうだね、差し入れでも持っていこうかな。ここから近い?」
『ええ、すぐ近くよ。一日半って距離ね』
「……やっぱり宿で待つことにする」
『ったく、あなたって子はっ』




