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「なあ、アネーシャ。俺たちいつまでここにいればいいんだ?」
ようやく身体が動かせるようになると、野営の準備を終えたシアがこそっと訊いてきた。その後ろではウルスが捌いたドラゴンの肉で料理を作っていて――肉を香草や野菜と一緒に葉っぱで包んで、土の中で蒸し焼きにしている――ジェミナが物珍しそうにお手伝いをしている。
「それがコヤ様の機嫌悪くて、さっきから口利いてくれないの」
「勝手にあいつを仲間に入れたりするからだろ」
「あいつじゃなくて、ジェミナだよ。ジェミナ・トナ」
シアはあまりジェミナにいい感情を持っていないらしい。
知り合ってからまだそんなに時間も経っていないし、仕方がないと割り切る。
「ソル・サウラに捧げられた生贄なんだろ? どっちにしろ女神の敵だ」
「敵じゃないよ。だってジェミナは何も覚えていないんだから」
言い訳がましくアネーシャは言う。
「あいつはラビアの戦士だ。戦争でこの都市を滅ぼした」
「それは大昔の話でしょ。今の私たちとはなんの関係もない」
「けど女神は、太陽神を嫌ってる」
「ただ仲が悪いってだけだよ。それにソル様はコヤ様のこと大好きみたいだし」
離れた場所でふて寝しているコヤに聞こえないよう、小声で話す。
「……俺は気に入らない」
「もしかしてウルスさんを取られるかもって心配してる?」
からかうように訊けば、「今は冗談に付き合う気分じゃない」とばっさり。
「あいつがもし、お前の命を狙っていたらどうするんだ?」
「ジェミナはそんなことしないよ」
「ソル・サウラの話をしている」
「私を殺したかったらもうとっくに殺してる。相手は神様なんだから」
それもそうか、とシアは安心したようにつぶやく。
「ありがとう、心配してくれて」
「……俺はお前の護衛だからな」
照れくさそうに言って、そそくさとその場を離れる。
ジェミナに負けじと、ウルスの手伝いに行ったようだ。
アネーシャも自分にできることをしようと、再びコヤに近づいていった。
「コヤ様、まだ拗ねてるの?」
『お子様なアネーシャにはどうせわからないわよね、あたしの気持ちなんて』
「うん、わかんない。でもコヤ様がここに連れてきてくれたおかげで、ジェミナに会えた」
『……確かにあの娘はいい子だけど』
コヤは起き上がると、じっとアネーシャを見上げる。
『友情と恋愛を混同しないようにね。それはあの坊やにも言えることだけど』
「何の話?」
『あの娘をここへ呼んできなさい』
言われた通りにすると、ジェミナは不思議そうな顔をしてやって来た。
「月の女神様が僕に何だって?」
『モウリスの預言書を彼女に渡して。それを声に出して読み上げなさい』
「この石版に浮かぶ文字を読み上げなさいって」
ジェミナが石版を手にした途端、アネーシャの時とは異なる文字が浮かび上がっていた。
「えっと……なになに」
文面を追うにつれて、ジェミナの顔色が赤くなったり青くなったり……どうやら混乱しているようだ。
「なんだよこれ、わけわかんないっ」
石版をアネーシャに押し付けると、そのまま逃げるように走り去ってしまう。
「どうしたんだろ、ジェミナ」
『代わりにアネーシャが読んであげたら?』
首を傾げながら石版を見下ろすが、
「最初のこれって、どういう意味?」
『二兎追うものは一兎をも得ず、みたいな戒めの言葉よ』
ふーんとうなずく。
『アネーシャったら……少しくらい危機感持ったら?』
「持ってるよっ。毎朝目が覚めるたびに、生きてて良かったって思えるもん」
『……そっち?』
「誰かさんのせいで、毎日命の危険を感じてるの」
『それはご愁傷様』
コヤはとぼけたように耳をかきながら、うーんと背伸びをする。
『そろそろ、ここにいるのも飽きてきちゃったわね』
「っていうか、食料が尽きそう』
『で、次の目的地だけど……』
「どこ? 次はどこに行くの?」
『露骨に食い付きがいいわね』
…………
……
性欲を抑えなさい。
さすれば無二の友人を得ることができるでしょう。
生贄として捧げられたあなたの命は、もうあなたの物ではありません。
太陽神の寄り代として一生こき使われる運命にあります。
神の奴隷ではありますが、最強の女戦士として、名を馳せることでしょう。
ラッキーカラーは黄金色。ラッキナンバーはなし。
――モウリスの預言書より




