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追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中  作者: 四馬㋟
失われた都市メガイラでお宝探し

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『ちっ、やっぱりこうなったか』


 預言書の内容を意識するあまり、ウルスから離れて歩くアネーシャを見、コヤは舌打ちする。どうやら事を急ぎすぎたようだ。この調子では、二人を結びつけるまで時間がかかるだろうと。


 一方アネーシャはアネーシャで、「コヤ様が私とウルスさんを無理矢理くっつけようとしている。最愛のドルクに会うために」と警戒心を強くしていた。「処女を失ったらコヤ様に会えなくなるのに……」と涙ぐみ、あらためて、固く貞操を守ろうと誓う。


 アネーシャにとっては国を救うことよりも、コヤと一緒にいられる時間のほうが大切だったからだ。



「それでこれからどこへ向かうんだ?」


 地上に出た後、ウルスに訊かれて、ちらりとコヤを見るアネーシャ。


「コヤ様、次はどこへ行くの?」


『そんなに慌てることないじゃない。しばらくここでゆっくりしていきなさいな』


「……でもここ、何もないよ?」


 このやりとり、またもやデジャビュだ。


『歴史的価値のある遺跡があちこちにあるでしょうが』


 絶対にここで何かさせる気だと、アネーシャは顔をしかめる。


「もういい、コヤ様なんか無視して、近くの町へ行くから」

「……女神はここに留まれと言っているんだろう?」


 怪訝そうに眉をひそめるウルスに、アネーシャは喧嘩腰で答える。


「ウルスさんは好きにしてください。でも、私はもう、ここにいたくない」

「……アネーシャ」


 シアが咎めるように自分を呼ぶ。わかっていると、アネーシャは唇を噛んだ。ウルスには散々助けられておいて、申し訳ないと思ったし、自分でも身勝手だと思ったが、今はそっとしておいて欲しかった。

 

「誰も付いてこなくていい。一人にして」


 その場から逃げるようにアネーシャは駆け出した。






 ***






「……本当に誰もついてこないし」


 とぼとぼと歩きながら、アネーシャはぽつりとこぼした。


「ウルスさんがいるからシアはわかるけど……コヤ様まで……」


 けれどそれは自業自得だった。

 一人にしてと、心から願ってしまった自分が悪いのだ。


 女神は聖女の願いを叶えるもの――それがたとえどんな願いでも。


「これからどうしよう」


 やっぱり皆のところへ戻るべきだろうか。


 悩んでいると、突風が吹いてアネーシャの髪が宙に舞った。

 砂埃を吸い込まないよう、慌てて息を止めて目を閉じる。






 ……ずっとこの時を待っていた。






 ふと、誰かの声が聞こえた気がして――コヤに呼ばれたような気がして、アネーシャの足は自然とそちらへ向かった。しばらく歩くと、小さな神殿の跡地が見えてくる。祭壇がぽつりと置かれているだけで、他には何もない。


 けれど祭壇に横たわる人影を見つけて、アネーシャははっと息を飲んだ。


 最初は石像か何かだろうと思っていたのに。


 近づくにつれて、生きている人間だと気づいた。


「そこで何をしているの? どうやってここへ来たの?」


 人影がむくっと起き上がって、こっちを見た。


 歳はアネーシャより少し下くらいか。

 艶かしい褐色の肌に、鮮やかな緑色の瞳、愛らしい顔立ちをしているものの、眼光は鋭い。


「それ、僕のこと言ってる?」

「あなた以外、誰がいるのよ」


 呆れたように言い返しながら、アネーシャは警戒を解いた。


 自分たちが宝探しに夢中になっているあいだに、ここへ迷い込んだのか。

 それにしてもと、アネーシャは彼女の姿を見、胸を痛めた。


 目の前の少女はひどく痩せていて、頬もこけていた。それなのに着ている服は貴族が着るような上等なもので、ひどくアンバランスに思える。


 その理由を彼女が教えてくれた。


「僕は奴隷だったけど、神に捧げられる生贄に選ばれた。だからお粧ししてる」

「……もしかして逃げてきたの?」


 神に生贄を捧げる儀式はどこの国にも存在する。

 しかし人間の命を供物として捧げる国は、一つしかない。


「あなたはラビアの国の人?」


 隣国ラビアは太陽の女神ソル・サウラを唯一神とする、戦士の国だ。

 進歩的な時代になった今でも、奴隷制度が残っていると聞く。


「わざわざそんなこと訊くっていうことは……ここラビアじゃないの?」

「そう。ここはゲ・ヴェルよ」


 訳がわからないと彼女は頭を抱えていた。


「確かに僕はラビア人だけど、逃げてきたわけじゃない。少し前まで山奥の神殿にいたんだ。痛みを感じないようにって、薬で眠らされて……目覚めたらここにいた。信じて、もらえないかもしれないけど」


 信じるとアネーシャは言った。

 隣国といっても、ここからラビアまで、一日で行き来できる距離ではないからだ。


「神があなたをお救いになったのかもしれないわ」


 だから彼女がここにいるのだと思いたかったが、「まさか」と少女は笑う。


「ソル・サウラは血と争いを好む女神だ。だからたくさんの罪人や奴隷たちが生贄として彼女に捧げられた。僕だけ、お救いになるはずがない」


「でもあなたは現に生きている」


 アネーシャは熱っぽく言い返す。


 コヤは優しい、慈悲深い女神だ。

 だから双子の姉であるソルもそうだと信じたかった。


「そうだね、神様は気まぐれだから……そういえば君、名前は?」

「アネーシャ。アネーシャ・サノス」

「いい名前だね。僕はジェミナ・トナ。これでも、奴隷堕ちする前は戦士見習いだったんだよ」

「ラビアって、女でも戦士になれるの?」

「もちろん、たくさんいるよ。ラビアじゃ、強くて逞しくい女ほどモテるんだ」


 内心、ラビアで生まれなくて良かったとほっとしつつ、


「奴隷堕ちって……どうして?」

「窃盗罪で捕まった。恋人だと思ってた奴に罪を擦り付けられて」


 ひどいっとアネーシャは顔をしかめる。


「でも安心して、神様は全てお見通しだから」

「だといいね。さっきから気になってたけど、その口ぶりからして、アネーシャって聖職者?」


 指摘されてぎくりとする。

 正直に聖女であることを打ち明けるべきか、しかしコヤがそばにいないので、


「今は違う。ただのアネーシャ。旅をしているの」

「旅か……いいなぁ」


 そろそろ日が暮れて暗くなってきたので、ひとまず野営の準備をする。

 ジェミナも慣れた手つきで、火を起こすのを手伝ってくれた。


「これ、良かったら食べて。携帯食ならたくさん持ってるから」

「ありがたくいただくよ。実はお腹ぺこぺこだったんだ」


 それから夜通しかけて、ジェミナと話をした。


 同じ年くらいの女の子とお喋りをするのは初めての経験で、アネーシャは緊張し、それでいてかなり浮かれていた。ボーイッシュなジェミナは聞き上手な上に親しみやすく、孤児院育ちという共通点もあったせいか、二人はすぐに打ち解けた。



「仲間たちのいるところへ戻りなよ、アネーシャ。今ごろ心配してるよ」

「……わかってる。けど、ジェミナはどうするの?」

「どうしようかな。国に帰っても殺されるだけだし」

「だったら私たちと一緒に来ない?」


 さりげなく誘いをかけると、ジェミナの顔がぱっと輝いた。


「いいの?」

「危険な旅になるかもだけど……ジェミナは私が守るから」

「それは逆でしょ? 僕がアネーシャを守ってあげる」


 こう見えて強いんだから、と力こぶを作ってみせるジェミナに、とある決意をするアネーシャだった。

  


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