35
戦いが終わると、全員が全員、後始末に追われていた。
死体の解体作業と埋葬作業で筋肉を酷使しまくっている。
こんな時でもシアの能力は大いに役立ち、不要な部分を全て消し炭に変えていた。
アネーシャも下に降りて仕事を手伝いつつ、目はある人を探していた。
『誰を捜しているのか当ててあげましょうか』
「そういうのはいいから。どこにいるのかだけ教えて」
『それは……お前の……後ろだっ』
ひっと息を飲んで振り返ると、確かに彼がいた。
岩陰に隠れて、出てくるタイミングをうかがっているようだ。
「カイロス、やっぱり逃げなかったんだね」
近づいて声をかけると、彼は観念したように出てきた。
「怪我はしてない?」
「……いいえ、保守派の方々のおかげで助かりました」
「信者さんたち、無事に逃げられてよかったね」
イヤミを言ったつもりはなかったが、カイロスの決まり悪そうな顔を見、「ごめんなさい」と慌てて謝罪する。
「けど、さすがにあれはやりすぎだと思う」
「はい。おかげで目が覚めました」
そう言ってカイロスは苦笑した。
「もう二度とあのようなことはしないと誓います。我ら革新派は神の試練を乗り越えることができなかった。取り戻すべき聖女を置き去りにし、保身のために逃げるとは――」
血が滲むほど強く握り締められた拳を、アネーシャはそっと掴んだ。
「相変わらずだね、カイロスは」
「……謝罪の言葉もありません」
「覚えてる? 子どもの頃、カイロスは私に優しくしてくれたよね? その頃の私、皮膚病にかかって、今よりひどい顔してたのに、カイロスだけが普通に接してくれた。すごく嬉しかったんだよ」
瞬時に拳の傷を治して手を離すと、彼は不思議そうな顔をしていた。
「アネーシャ様の顔はひどくありませんよ」
うん、そいうところが好きだったなと心の中でつぶやく。
「地味な私に対しても、美人の子に対しても、カイロスは分け隔てなく接してくれる。相手が男の子だろうと女の子だろうと、年上だろうと年下だろうと態度を変えない。お金や権力にも興味ないし、聖職者に向いてるよ、カイロスは」
「……アネーシャ様」
「王都へ戻って、カイロス。あなたが信者さんたちを導いてあげて。私がいなくてもきっと大丈夫」
カイロスは泣き笑いの表情を浮かべると、
「私に共に来いとは言ってくださらないのですね」
「一緒に来たいの?」
驚いて聞き返すと、「冗談ですよ」と悔しげにつぶやく。
「今の私が付いていったところで、足でまといにしかならないでしょう」
『頭も固いしね~』
余計なことを言うコヤを睨みつけつつ、
「カイロスは、カイロスにしかできないことをすればいい。私も、私にしかできないことをするから。だから行って。もしもこの先、カイロスが困っていたら、駆けつけて助けるって約束する。昔、カイロスが私にしてくれたみたいに」
言いながらアネーシャは、自身の髪の毛を少し切って、カイロスに差し出した。
「コヤ・トリカの加護があらんことを」
カイロスは震える手でそれを受け取ると、笑顔で言った。
「わかりました、いつの日か、アネーシャ様のお役に立てるよう、精進してまいります」
…………
……
…
カイロスの姿が見えなくなると、アネーシャは岩陰に隠れて俯いた。
やけに目頭が熱いと思ったら、頬が涙で濡れている。
『急にどうしたの、アネーシャ』
「……わからない……ただ、昔を思い出したら、急に胸が苦しくなって」
『戻りたいの? あの頃に』
「戻りたくなんかないっ。知ってるでしょ? ずっと独りだったもの。コヤ様が現れるまで、ずっと独りぼっちで……」
『今は違うでしょ?』
「……そうだね、でも先のことはわからない」
もやもやした感情を抱えたまま、ずるずるとその場にしゃがみこむ。
そんなアネーシャを心配してか、コヤは小熊の姿に化けると、二本足でよたよたと近づいてきた。
『とりあえずもふっとく?』
うんとうなずいて、ふかふかのコヤの腹部に顔をうずめる。
『落ち着いた?』
「少しだけ……」
「姿が見えないと思ったら……そこで何をしているんだ?」
怪訝そうに声をかけられて、アネーシャはのろのろと顔を上げた。
大量にドラゴンの血を浴びたウルス・ラグナだった。
「これは……」
「泣いていたのか?」
アネーシャが言い訳を考えているあいだ、彼はあることに気づいてはっとした。
「そこにいるのは……コヤ・トリカ?」
『そうでーす。あたしの姿が見えるなんて、どんだけドラゴン殺しまくったのよ』
「……なぜ熊の姿をしているんだ?」
『大人の事情ってやつ。それより例の件、そろそろ返事してくれない?』
ウルスはちらりとアネーシャを見ると、
「彼女がそうなのか?」
『あなたがそれを望めばね。楽に手に入るなんて思わないでよ。こう見えてこの子、ガードが固いんだから』
「……知っているのか、彼女は」
『それとなく伝えたけど、どーだろ。決めるのはこの子だから』
アネーシャは慌てて涙を拭うと、「何の話?」と会話に割り込む。
『孤独な男女を結びつけようとしているの』
「それは……ここが旅の終着点だから?」
不安を吐き出すようにアネーシャは訊いた。
「そうなんでしょ、コヤ様」
『馬鹿ね、どうしていきなりそんなこと言い出すの』
「だって、何度訊いても次の目的地を教えてくれないし、それにここには――」
『ここにドルクはいないわ。封印されているのは彼の一部だけ』
ほっとしていいのか悪いのか、アネーシャは顔をしかめる。
『彼の肉体は地上のあちこちに散らばっていて、あたしもその全てを把握しているわけじゃないの。だからこうしてちまちま彼がいた痕跡を辿ってるってわけ。馬鹿みたいでしょ?』
そんなことないと、アネーシャはかぶりを振る。
「だったら旅は続くんだね」
『ええ、もちろん』
「次の目的地は?」
『メガイラ』
「……失われた都市か」
ウルスはつぶやくと、「俺も仲間に入れてくれないか?」とまっすぐアネーシャを見た。
「アネーシャ、君が許してくれるのなら」
まさか許可を求められるとは思わず、あたふたしてしまう。
一瞬だけカイロスの顔が脳裏をよぎったものの、それを振り払ってアネーシャは言った。
「大歓迎ですよ」




