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追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中  作者: 四馬㋟
幻の村メテオロスでブートキャンプ

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「やっと終わったー。次はどこへ行こうか、コヤ様」

『……まだ一人だけ残ってるわよ』

「ウルスラさんでしょ? わかってる。だから今、向かってるところ」


 院長の執務室前まで来ると、軽く深呼吸してノックする。

 返答は早かった。


「どうぞ、お入りなさい」

「失礼します」


 机越しに笑顔で迎えられて、緊張がほぐれていく。 


「ここでの生活にはもう慣れたかしら?」


 苦笑いしつつ、「私には合わなったみたいです」と正直に打ち明ける。


「とてもよくしていただいたのに、すみません」

「だったら本日を以て体験期間は終了ね。お疲れ様でした。ご感想は?」

「とても充実した時間を過ごさせていただきました」

「でもここに留まる気はないと?」

「はい」


 理由を訊かれるかと思いきや、ウルスラは何も訊かなかった。


「来るもの拒まず去る者を追わずがここのモットーだから」


 そう言って立ち上がり、アネーシャを優しく抱きしめてくれる。


「あなたに会えてよかった。今はただ、この出会いに感謝しましょう」

「私もウルスラさんに会えてよかったです」


 気持ちを込めて抱き返すと、防虫用ハーブのいい香りがした。

 アネーシャは目を閉じて、彼女のために無病息災の祈りを捧げる。


「最後に、私に何か言いたいことはあるかしら」


 ウルスラは抱擁を解くと、そっとアネーシャの顔を覗き込んだ。

 キラキラした目を向けられて、たまらず胸が詰まる。


「……いいえ何も」

「本当に?」


 怪訝そうな顔をしたウルスラに「お世話になりました」と頭を下げ、いそいそと部屋を後にする。


『よくやったわ、アネーシャ』

「これでウルスラさんは死なないよね?」

『ええ、あなたのおかげで病気は完治した。彼女は天寿を全うできる』

「……ウルスラさんが闘病中だったなんて知らなかった」


 いつも元気そうで、にこにこしていたから。

 傍目からでは全く気づかれなかっただろう。


『息子ですら気づいていないんだから、仕方ないわよ』

「なんでそのことを隠してるんだろ」

『あの子は人に弱味を見せたがらないから』

 

 何はともあれ、これで聖女としての仕事は終わった。

 あとはウルスの返答を待つだけだ。


「ちょっとウルスさんとこ行って急かしてくる」

『……アネーシャったら』

「シアも戻ってきたし、もう出発の準備もしてるんだよ?」


 次の目的地に行くの、楽しみにしてるんだからと言えば、


『単にここでの食事に飽きただけでしょ』


 冷ややかに返される。


「なんてこと言うの、コヤ様っ」

『他に理由があるなら言ってみな』

「……ありません」


 どうやら外出中らしく、院内のどこにもウルスはいなかった。

 諦めて部屋へ戻ろうとした時、窓の外から複数の声が聞こえた。


 誰かが大声でわめいているようだ。

 思わず立ち止まって耳を澄ませる。




「聖女様っ、どうか我らと共にお戻りくださいっ」

「ここは邪神の眠る土地、聖女様にはふさわしくありませんっ」

「お願いだからっ。わたしたちを見捨てないでっ」




 たまらず、アネーシャは廊下を駆け出した。

 いそいで出入り口の方へ向かうアネーシャの前に、コヤが立ちはだかる。 


『出て行かなくていい、アネーシャ』

「でも、信者さんたちの声が……カイロスの声がした」

『それでもダメよ――アネーシャっ』


 コヤの静止の声を振り切って、外へ出る。


 声は崖下から聞こえていた。

 覗き込むと、大勢の人々が集まって、こちらを見上げている。


 ざっと二百人はいるだろうか。

 その先頭にカイロスの姿があって、胸が痛んだ。



「見ろ、あそこに聖女様がおられるっ」

「聖女様っ、お迎えに参りましたっ」

「我らが来たからにはもう安心ですっ」

「保守派の連中が我らから聖女様を奪ったんだっ」

「返せっ、返せっ」



 凄まじい熱気と怒号が飛んでくる。

 やがて誰もが「聖女を返せ」「返せ」と繰り返し叫ぶようになった


 ここまで自分を追いかけてきてくれたことには感謝するが、とても喜べる状況ではない。


「こんなの馬鹿げてる。今すぐ止めさせないと」


 騒動に気づいて、村の住人がちらほら外へ出てきた。

 皆、戸惑った表情で、彼らを見下ろしている。


「私、下に降りて皆と話してくる」

『やめなさい。そのまま気絶させられて、攫われるのがオチよ』


 じゃあどうすれば、と言いかけたところで、コヤが瞳を輝かせていることに気づいた。

 アネーシャは観念して、魔法の言葉を口にする。


「……コヤ様、お願い」

『モチのロンっ』


 

 しばらくして、バサバサと羽ばたく音が聞こえてきた。

 それも一つや二つではなく、無数の――。

 


「おい、あれを見ろっ」

「ドラゴンの群れだっ。こっちに向かってるっ」

「ものすごい数だっ」

「大型も混じってるぞっ」



 アネーシャも目を細めて、人々が指差す方を見た。

 それから黙ってコヤを抱き上げると、「コヤ様、あれが見える?」と優しく訊いた。


「ものすごい数のドラゴンがこっちに向かってるみたいなんだけど」

『見えない。老眼だから』


 崖下にいる信者たちは動揺し、恐怖におののいていた。必死にカイロスが皆を落ち着かせようとしているようだが、誰も聞く耳持たず、


「あ、逃げた」


 聖女よりも自分の命のほうが大事だったらしい。もしくは生存本能に従っただけか。信者たちは、ドラゴンの姿を見た途端、蜘蛛の子を散らすように一斉に駆け出した。ものすごいスピードで彼らの姿が遠ざかっていく。


『どうよ、これで万事解決っ』


 ドヤ顔のコヤを見て、「ちょっと可愛い」と思ってしまった自分が憎い。


「あんなにたくさんのドラゴン、初めて見たんだけど」

『そう?』

「……私たち、もうすぐ死ぬんだね」

『諦めるのはまだ早いわ、アネーシャ』

「……コヤ様」

『あたしたちには強い味方がついているじゃないっ』


 コヤに促されて振り返ると、呆れ顔のシアの姿があった。


「あれ、お前の仕業だろ」

「というより、コヤ様のせい?」


『さあ坊や、戦ってあたしたちを守りなさいっ』


「ってコヤ様が言ってる」

「いくら俺でもあの数じゃ無理だ。諦めてくれ」

「コヤ様、無理だって」

『アネーシャったら、いちいち言われなくても聞こえてるわよ』

「さっき老眼がどうとか言ってたから、耳も遠くなったんだと思って」

『その気遣い、地味に傷つくからやめてっ』


 で、どうするんだ? とシアが怖い顔で腰に手を当てている。


「逃げるなら今のうちだぞ」

『逃げる必要なんてないわよ。彼がいるもの』


 次の瞬間、上空からウルスが落ちてきた。

 音も立てずに着地すると、


「皆、無事か?」


「ウルスさんっ」

「一体どこから現れたのっ」

「ってか今までどこにいたんですかっ」


 騒ぐ二人を無視して、ウルスは話を続ける。

 

「大型二頭の相手は俺がする。シア、お前はできる限り他のドラゴンを引きつけてくれ」


 シアは最近、ドラゴンのフェロモンに似た香りを分泌することに成功したらしく、やる気だった。ただし、効果があるのは好戦的な雄だけで、雌には効果無いらしい。


「取りこぼした分はどうします?」


「それは俺らに任せてくれねぇか? ドラゴンハンターのあんちゃんよ」


 声がした方へ顔を向けると、雑貨店の店主がそこにいた。

 隣にいる美しい女性は彼の妻だろうか。


 他にも見知った顔がたくさんあった。


 夫を殺したと思い込み、罪の意識に苛まれていた修道女。

 妻子をとある闇の組織に奪われ、復讐を果たした修道士。

 借金まみれで雲隠れした隠者など――


 いつの間にか、メテオロスの住人がずらりと並んでいる。


「俺が招集をかけた」

「ウルスさんが?」

「女神が戦えと言っているのだろう?」

「……正確には聖女を守れと」

「わかった」


 一体何が起きているのかと混乱するアネーシャをよそに、


「強い個体には複数でかかれっ。行くぞっ」

「おおっ」


 雄叫びをあげつつ、それぞれ武器を片手にドラゴンに向かっていく保守派の人々。

 皆、揃いも揃って凄まじい跳躍力だ。


 ドラゴンも彼らに気づき、威嚇するような咆哮を上げた。

 緊迫した空気が流れ、両者が激突すると同時に戦闘が始まる。


 アネーシャの心配と不安をよそに、メテオロスの人々は善戦していた。

 まるで訓練を受けたハンターのような動きで、ドラゴンに立ち向かっている。


「……これ、絶対にウルスさんのせいだよね?」

『食料の中によくドラゴンの心臓が混じってるって、ウルスラが愚痴をこぼしてたわよ』


 やっぱり……。


「とったどーっっ」


 倒したドラゴンの頭部を高々に持ち上げる隠者を見――目の前で壮絶な戦いが繰り広げられているというのに、いまいちシリアスな気分になれないのはどうしてだろうと首を傾げる。


『ドラゴンのハツ(心臓)って焼いて食べたらクセになるのよね』


 ともあれ皆が戦っているのに、自分だけがサボっているわけにはいかないと、アネーシャは跪いて祈りを捧げた。今は自分にできることをしなければ。


「ドラゴン以外、誰も怪我しませんように」


 かくしてドラゴンは全滅。重軽傷者及び死者はなく、ウルス・ラグナ率いる保守派の人々は完全勝利をおさめたのだった。



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