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追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中  作者: 四馬㋟
幻の村メテオロスでブートキャンプ

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 翌朝、空っぽになった保存食の袋を恨めしげに眺めつつ、アネーシャは訊いた。

 

「コヤ様、次の目的地は?」


 コヤの返答はそっけないものだった。


『まだここでの用事が済んでません』

「どうせ邪神ドルクを目覚めさせるつもりなんでしょ? ならさっさとやれば?」

『誰がそんなこと言った?』


 ため息をついて、アネーシャは窓を開ける。

 朝の冷たい空気が肌に突き刺さり、ぶるっと震えた。


「そういえば、この村って何人くらいの人が住んでるの?」

『全体で五十人ってところね』


 それを早く言ってよと頬を膨らませる。


「全員と会うだけでも時間がかかりそう」

『そこは誰かに協力してもらいなさいな。あの言いだしっぺの色男とか』


 それもそうだ。

 善は急げとばかり、朝食だけ食べて早速ウルスに会いに行った。


 朝食はジャガイモをすり潰したサラダとパンと水だけだったが――薄味だが塩気が効いてとてもおいしい。パンの間にサラダを挟んで食べるのがアネーシャの好み――空腹のあまりふらふらすると訴えたら、量を山盛りにしてもらえたので、ぎりぎり夕食まではもつだろう


 瞑想室にいたウルスに声をかけ、相談したいことがあると言って中庭へ誘う。さっさと保守派の信者たちに祝福を与えてこの苦行から逃れたい、などとは口が裂けても言えず、「聖女としての勤めを果たすために、協力していただきたいことがある」と真面目な顔で切り出した。


 内容を聞いて、ウルスは快く承諾してくれた。


「近々この修道院で会合がある。俺が皆に君を会わせよう」

「正体を隠したままでも大丈夫ですか?」

「わざわざ女神の言葉だと教える必要はない。大事なのは、受け側が君の言葉をどう捉えるかだ」


 よく意味は分からなかったが、何とかなりそうだとほっとした。


「だったら先にこの修道院にいる方々を祝福したいのですが」

「その件なら既にウルスラに話を通している。好きな時に始めてくれ」


 用意周到なウルスの手腕に、アネーシャは再び「はあ」と感心した声を漏らしてしまう。それにしても、彼がウルスラに一体どんな説明をしたのか、気になるところだ。


『知らないほうが身のためよ』


 笑いを含んだコヤの言葉に「ん?」と引っかかるものを感じたが、深くは考えなかった。

 今はともかく、一刻も早くここを出て、一日三食の生活に戻りたかった。


 

 …………

 ……




 一方その頃、院内のあちこちでひそひそと言葉が交わされていた。


 ――おい、聞いたか?

 ――ああ、聞いた。

 ――もちろん、聞いたわ。

 ――聖女様がこのメテオロスに来てるらしいぞ。

 ――しかもこの修道院に滞在されてるって。

 ――これから私たちに、女神様の御言葉を授けてくださるそうよ。

 ――なんと光栄な……。

 ――ああ、一生に一度、あるかないかの幸運だ。

 ――苦労してこの村に来た甲斐があったわね。

 ――壁登るの大変だったもんな。

 ――何度も死にかけたしな。

 ――けど注意しないと。

 ――そうだな、院長も厳しい口調でおっしゃっていたし。

 ――聖女様は正体を隠しておられるから、突っ込んじゃダメなのよね?

 ――間違ってもご本人に「あなた、聖女様ですよね?」と言うのは禁句だ。

 ――お忍びでいらしているからな。

 ――少しでも長く留まって欲しいなら知らぬ存ぜぬを貫け。

 ――ええ、わかってるわ。

 ――……気づかないふり。

 ――そう、気づかないふり。

  



 …………

 ……



 

 ウルスと別れ、早速聖女としての勤めを果たそうと張り切っていたアネーシャだったが、

  

「いきなり話しかけてコヤ様の言葉を伝えたら、絶対にやばい奴だと思われるよね?」

『試しにやってみれば?』


 それもそうだと思い、手頃な獲物を探す。


 中庭にある鶏小屋の前で力なく座り込む修道女の姿を見つけた。

 何やら物思いにふけっている様子で、鶏たちを凝視している。


「あのー」


 試しに声をかけると、怯えたようにビクッとされた。

 けれど彼女はアネーシャの顔を見、はっと息を呑む。


「ちょっと一言よろしいでしょうか」


『ぶっ、アネーシャのその言い方……』


 けらけら笑うコヤを睨みつけて、「彼女に何て言えばいい?」と訊ねる。

 途端、コヤはぴたりと笑うのをやめると、


『あなたはご主人を殺していない』


 思わず吹き出しかけたアネーシャを、『ほら、あたしの真似して言って』と叱咤する。


『あなたはご主人を殺していない』


「……あなたはご主人を殺していません」


『真犯人は愛人。証拠は上着のポケットの中』


「真犯人は愛人で、証拠は上着のポケットの中にあります」


 恐怖におののいた顔でアネーシャを見上げていた修道女はすくっと立ち上がると、


「ありがとう。これでもう、逃げずに済むわ」


 そう言ってどこかへ駆け出してしまった。


『こんな感じでさくさく行くわよっ』


 女神の祝福って一体――と考え込んでしまうアネーシャだった。




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