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ようやくウルスラから解放されたアネーシャは、与えられた部屋のベッドに突っ伏していた。個室とはえ、部屋はとても狭く、息苦しさを覚えるものの、窓から見える景色は美しかった。
「うまくごまかせたよね?」
『かなり苦し紛れではあったけどね』
コヤは苦笑しつつ、猫の姿で寄り添うように座る。
『なんで喋っちゃうのよ』
「だってウルスラさんとアウレリアさんの名前がごっちゃになっちゃって……」
『そういえばアネーシャって、昔から隠し事するの下手だったわね』
「そもそも神様に隠し事なんてできないでしょ」
『開き直らないの』
アネーシャは顔を上げると、声を潜めて言った。
「アウレ……ウルスラさんの正体、本当にここの人たちは誰も気づいてないの?」
『俗世間を捨てた人たちの集まりよ。誰も詮索なんてしないし、興味もないわよ』
それもそうかとアネーシャは納得する。
『ウルスラのことは、どこぞの権力者か金持ちの娘って思われてるみたい』
「多額の寄付金があるわけだしね」
『ところで、そろそろ坊やに会いに行かなくていいの?』
そういえばそうだ。
あやうくシアの存在を忘れるところだった。
コヤに案内されて中庭に出ると、そこで何やら準備しているシアを見つけた。
大きな荷物入れに食料やら薪やらを詰め込み、修道士らしき男性から説明を受けている。
修道士の男性がその場を離れたので声をかけると、
「えー、シアは隠者スタイルを選んだの?」
「……文句あるか?」
「もしかして共同生活が苦手とか?」
「お前、俺が毒人間だってこと忘れてるだろ」
それに一人のほうがドラゴンの襲撃に遭った時に対処しやすい、とのこと。
「護衛の仕事は?」
「ここにいるあいだは必要ない」
「ウルスさんがいるから?」
シアは黙ってうなずく。
「下手に動いてあの人の邪魔はしたくない」
『そうね、坊やの出番はぶっちゃけないかも』
「……コヤ様まで」
「じゃあ俺、そろそろ行くから」
言いながら、いそいそと灰色の上着を羽織っている。
修道院からの支給された防寒着で、隠者は灰色、修道士は白色と決まっていた。
――にしても、シアには全く似合ってない。
「もう行くの?」
「自分を見つめ直すいい機会だからな。お前も頑張れよ」
そう言って彼は颯爽と手を振り、行ってしまった。
置いてけぼり感が半端なく、残されたアネーシャはふくれっ面をコヤに向ける。
「ちょっと冷たくない?」
『坊やは好きなのよ、こーゆうの』
「隠者向きってこと?」
『というよりお喋り好きな女たちから離れて、一人、静かな時を過ごしたいんでしょ』
「……あの野郎」
『あなたは自分のやるべきことに集中しなさい』
「村人たちに女神の祝福を与える――ようはコヤ様の言葉を皆に伝えればいいんだよね?」
『わかってるじゃない』
「でもコヤ様の言葉だって信じてもらえなかったら?」
実際、聖女であることを隠してるわけだし。
『それはおいおい考えるとして、まずはここでの暮らしに慣れることね』
それもそうだと部屋へ戻り、白い修道服に着替える。しばらくすると年配の修道女が現れて、院内を案内してくれた。中は広く、瞑想室や懺悔室、図書室に食堂、中庭には畑と家畜小屋まであった。
案内が終わると、一日のスケジュールを説明される。
食事は一日に二回、朝と夕だけ。
日が昇ると同時に起床し、日が落ちると同時に就寝。
朝起きてすぐにやることは部屋の掃除と換気、それから30分間祈りを捧げ、食堂へ行って朝食を摂る。その後は畑仕事や家畜の世話といった割り当てられた仕事をこなし、瞑想室での瞑想、懺悔、再び食堂へ行き早めの夕食を摂ると、部屋へ戻って祈りを捧げる。
「では、コヤ・トリカ様の祝福があらんことを」
説明を終えた修道女がにこやかに退出すると、アネーシャはよろよろとベッドに座り込んだ。
「食事が二回だけなんて……死んじゃうっ」
『大げさね。持ち込んだ保存食がまだたっぷり残ってるじゃないの』
「あれはおやつとして食べるつもりなのっ」
『……あなたって子は……』
案の定、修道女体験三日目にして、アネーシャは早々に根を上げてしまうのだった。




