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道中、遭遇したドラゴンを退治しつつ、近くにギルド出張所があれば死体を持ち込み、なければ素材を剥ぎ取った後に埋葬――を繰り返しているうちに、三人と一匹? はヘザーに到着した。
「見て、コヤ様、ちょっと筋肉が付いたみたい」
ようやくたどり着いた宿屋の一室で、アネーシャは一息ついていた。
重い荷物を下ろして、汚れた身体を綺麗にするために服を脱ぐ。
下着姿になった途端、ふと、身体が引き締まっていることに気づいた。タラスケスでの長期滞在、及び屋台巡りのせいでふっくらしていた体型が、いつの間にか痩せている。試しに力こぶを作ってみせると、山とまではいかないものの、小高い丘ができた。
「お腹が六つに割れたら、コヤ様のせいだからね」
『なんであたしのせい?』
「ずっと歩き通しだったから、足もムキムキ」
『ムキムキってほどでもないと思うけど、アネーシャにしてはよく耐えたわね。ドラゴンの埋葬なんて、ほぼ強制労働だったでしょ? あたしにお願いすれば、街道から離れた場所に捨ててあげたのに』
「今さらそれ言う?」
恨みがましい視線をコヤに向けつつ、水で濡らした布で身体を拭く。
冷たくて、火照った身体に心地いい。
「二人が働いてるのに、私だけ楽なんてできないよ」
『彼の前でいいかっこしたいだけでしょ』
「コヤ様はすぐそーゆうこと言う」
『色男が行っちゃって、寂しいくせに』
「寂しくないもん」
コヤの言葉通り、ヘザーの町に着いた途端、ウルスとは別れることになった。
どうやら彼の辞書に「のんびりする」という言葉はないらしい。
「俺は一足先にメテオロスへ行く。また後で会おう」
突然の別れに、うっすら涙ぐんでいるシアには目もくれず、彼は行ってしまった。
『まったく、薄情な男なんだから』
「ドラゴンの心臓のせいでしょ」
更に言えば、誰かさんが超人になれるとか言って、広めたせい。
『あたしのせいだって言うのっ』
「強いて言えば」
コヤはわざとらしい咳払いをすると、話題を変えた。
『それより、さっさと服着なさいよ。いつまで裸でいる気?』
「なんか服着るの、もったいなくて。こんなに痩せたの久しぶりだし」
『風邪ひいても知らないから』
「コヤ様はいいよね、どんなに食べてもボンキュッボンで」
『お子様体型の誰かさんと比べられてもね』
「でも誰にも見えなかったら意味ないか」
『だから持ち上げて落とすのやめてくれる?』
その日は疲れていたので早めに就寝し、翌日、携帯食料や飲料水を買うために市場へ向かった。シアがいると無駄遣いだの時間の無駄だのと小言を言われてしまうため、コヤと二人、早朝からこそこそと宿屋を後にする。
「ヘザーって、お店の数が少ないよね」
『この町の人たちは必要最低限物しか買わないから。清貧な暮らしをしているの』
アネーシャも見習いなさいと言われて、「わかった」と素直にうなずく。
「ところでおいしい保存食が売ってる店ってどこ? 今回は多めに買っときたいんだけど」
『いや、ぜんぜん分かってないでしょ』
買い物がてら、町を一回りしてみて気づいたことがある。
なぜか質屋や再利用品店が多いのだ。
その理由をコヤが教えてくれた。
『保守派の信者たちが、メテオロスに向かう前にこの町で禊を行うからよ』
「禊って身体を洗って綺麗にするってやつ?」
それだけではないのだと、猫の姿でかぶりを振る。
『信仰の妨げになるような物を手放すの。思い出の品とか、贅沢品だとかね』
言いながら、じろりとアネーシャの荷物袋を見る。
無言の非難に、アネーシャはパンパンに膨らんだ荷物袋をさっと隠した。
「それを町の人たちが買うの?」
『いいえ、観光客や行商人相手に商売しているだけよ』
特に月に一度開かれる古物市が人気で、掘り出し物が見つかることもあるとか。
「掘り出し物って?」
『珍しい物や価値のある物のことよ。そういうのが安く手に入るの。中古品だから』
ふーんと興味なさげに呟いたアネーシャだったが、
「……次の古物市っていつ?」
『アネーシャ、メテオロスに行く気あるの?』
「冗談だよ」
笑ってごまかしつつ、近くにある再利用品店を目指す。
『ちょっとっ、買い物はもう終わったはずでしょっ』
「見るだけ」
『こういう時だけ無駄に体力あるんだから』
「だって興味あるんだもん」
質屋なら、他の町や都で何度か入店したことがあるものの、再利用品店は初めてだった。
「わー、たくさんあるね」
店に入ると、独特の臭いが鼻についた。
香水のようなお香のような、それに加えて消臭用の強いハーブの匂いがする。
棚という棚にぎゅうぎゅうに敷き詰められた、物、物、物。
天井近くまで、溢れんばかりに雑貨類やら衣類やら人形やらが積み重なっている。
『ガラクタばっか』
「質屋とはぜんぜん雰囲気違うね」
『保存状態もあまり良いとは言えないわ』
「でも、新品にはない良さがあると思う」
言いながらアネーシャは、がらがらと音が鳴る道具を手にした。
変色して、使い古されているが、不思議と手になじむ。
「何これ。可愛い」
『赤ん坊をあやすためのおもちゃでしょ』
「これ、買おうっと」
『見るだけじゃなかったの?』
「値札を見てよ、コヤ様。銀製なのに銅貨一枚で売られてるんだよ」
『あら、お買い得ね』
そんなこんなで一日が終わり、宿屋へ戻ると、仁王立ちしたシアが待っていた。
「金輪際、俺はお前の荷物を持たないからな」
指を突きつけられながら断言されて、きょとんとしてしまう。
『坊やったら、置き去りにされて怒ってるわ』
「機嫌直してよ、シア。お土産買ってきたから」
「お前はどんだけ買い物すれば気が済むんだ」
『一種の中毒ね』
「……コヤ様はどっちの味方なの?」
「おい、アネーシャ、聞いてるのか? だいたいお前はお金を何だと……」
ついにシアの説教が始まった。
後半、うつらうつらしながら彼の小言に耳を傾けつつ、ふわっとあくびを漏らす。
「寝るなっ、アネーシャっ」
「……寝てない」
途中から意識が飛び、気づけばベッドの中にいた。
暖かな布団にくるまれて、アネーシャはぬくぬくしながら目を閉じる。
『ったく、甘やかされちゃってまあ』
苦笑交じりのコヤの声を聞きながら、深い眠りに落ちていく。




