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『アネーシャ、後ろを振り返っちゃダメよ』
「その言い方は失礼だよ、コヤ様」
『振り返れば奴がいる』
「それは微妙」
時を遡ること少し前、タラスケスを後にしたアネーシャたちは、北西へと続く街道上にいた。
メテオロスは隠遁者たちが暮らす村で、簡単にはたどり着くことができない幻の地だと言われている。地図にも載っていないため、コヤの道案内を頼りに、アネーシャたちは進んでいた。
『まずは最寄り町ヘザーを目指すわよ』
しばらくは馬車で移動していたのだが、シアが身体がなまると言い出して、途中から徒歩での移動になった。アミュレットを付けているおかげか、以前よりは疲れにくくなったものの、
「歩くの遅くないか?」
「シアが速いの」
「ペースは落としたくない」
「だったら先に行って」
「……俺はお前の護衛だぞ」
「ならもっとゆっくり歩いて」
これじゃあ鍛錬にならないとぶつぶつ文句を言いつつも、歩調を合わせてくれる。
『アネーシャまで馬車を降りることなかったのに』
「シアだけ歩かせるわけにはいかないよ」
再び身軽な猫の姿に化けたコヤだったが、突然、両耳を立てて足を止めた。
『誰かが後ろから付いてきてる』
「え、嘘」
咄嗟に後ろを振り返るも、「誰もいないよ」と拍子抜けしてしまう。
『馬鹿ね、あたしたちに見つからないよう、ずっと後ろのほうから付けてきてるの。アネーシャには見えなくても、向こうにはバッチリアネーシャたちの姿が見えてるわよ』
「誰? 私たちの知ってる人?」
『坊やがよく知ってるんじゃない?』
意味深に言われて、「シア」と彼を呼び止める。
「後ろから私たちを付けてる人がいるって。シアの知り合い?」
彼はギクッとした様子でこちらを見ると、「何のことだ」としらばっくれる。
『とぼけても無駄よ。ウルス・ラグナがあたしらを尾行してるってはっきり言ってやりな』
「どうしてウルスさんが私たちのあとを付けてくるの?」
「……さあ、何でだろうな」
「シア、何か隠してる?」
『ははーん、さては行き先を教えたわね』
「もしかして行き先をあの人に教えたの?」
「……悪い」
素直に非を認めるものの、
「まさか付いてくるとは俺も思わなかった」
としどろもどろに言い訳する。
「たぶんギルド長の命令だ。それ以外であの人が動くことはないから」
『あーあ、あの狸にがっつりロックオンされちゃったわね、アネーシャ』
「コヤ様がドラゴンを爆発させたりなんかするから……」
「やっぱりお前が倒したのか、例の巨大ドラゴン。目立つことするなってあれほど……」
小言が始まると同時に、「シアに言われたくない」と即座に言い返す。
「私が聖女だってウルスさんにばらしたくせに」
『そーよそーよ』
「そのせいでカークさんに目を付けられちゃったんだから」
なぜドラゴンを爆発させるに至ったのか、事情を説明すると、
「……悪い」
『そうよ、全部あんたのせい』
「どさくさに紛れて責任逃れしようとしないで、コヤ様」
『あたしは何も悪くないもん』
「そーゆうことにしておいてあげる」
ふと、コヤが何かに気づいたように鼻のヒゲをひくひくさせた。
『アネーシャ、後ろを振り返っちゃダメよ』
ああ、彼が来たのだと、その言葉で察する。
「その言い方は失礼だよ、コヤ様」
『振り返れば奴がいる』
「それは微妙かな」
ちらりとシアを見れば、決まり悪そうにさっと視線を逸らされてしまう。
――だから途中で馬車を降りたのね。
これは逃げられないなと観念し、振り返って対面する。
あらためて間近で見ると、存在感があるせいか、凄まじい圧を覚えた。
しかしそれに負けじと、アネーシャは背筋を伸ばす。
「私たちに何かご用ですか? ウルス・ラグナさん」
「……君たちから目を離すなとマスターに言われている」
「監視するために、ですか?」
「メテオロスに何の用だ?」
「あなたに関係あります?」
言い返した直後にあることを思い出して、しまったと思った。
「メテオロスは俺の故郷だ」
彼は淡々とした口調で答える。
「それだけでは理由にならないか?」
返答に困り、コヤに視線を移す。
彼女は伸びをしながら言った。
『正直に話せば? あたしがメテオロスに行きたがってるって』
それもそうだと頷く。
「……メテオロスへ向かうよう、神託を受けたので」
『やだ、アネーシャったら。彼の前だとかしこまっちゃって』
「そんなことない」
小声で言い返しつつ、ウルスの反応をうかがう。
「メテオロスで何か起きるのか?」
「それは……」
『起きるかもしれないし、起きないかもしれない』
「すみません、分かりません」
しかしその言い方がかえって相手の不安を煽ってしまったらしく、
「できれば俺も同行したい」
「もちろん、俺は構いません。いいよな、アネーシャ」
第三者がいるおかげで、初めてシアに名前を呼ばれた。
なんか嬉しい。
『ダメって言ってもどうせ付いてくるんでしょ?』
「ってことはいいんだね」
コヤの了承を得られて、アネーシャはニッコリした。
旅の仲間が増えるのは純粋に嬉しい。
「では一緒に」