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『ちょっとアネーシャ、戦いの邪魔しちゃダメよ』

「けどあの人、今にも倒れそうで……」


 近づいてみて気づいたことだが、ハンターは既に満身創痍で、立っているのが不思議なくらいだった。反撃に転じたのは僅かな間だけで、今や、ドラゴンの攻撃から逃げるので精一杯の様子。


「あいつを助けたいのか?」


 うんとアネーシャが答えると同時に、シアが吹き矢を放つ。

 しかし矢はぶ厚い瞼に弾かれてしまい、ドラゴンの巨体がゆっくりとこちらに向いた。


「俺が囮になる。その隙にあいつを連れて逃げろ」


 シアがドラゴンの注意を引いている隙に、アネーシャはハンターの元へ駆け寄った。

 二十歳前後の、精悍な顔立ちをした青年だった。


「リアムさんですか?」

「そうだが、君は……一体……」

「説明はあとで、とりあえず傷を治しますから」


 わざわざ口に出して願わなくても、体内にコヤの神力が流れ込んでくるのを感じた。

 アネーシャがリアムの身体に両手をかざすと、たちどころに傷は癒えた。


「――信じられない、傷跡すら残っていないなんて……何者なんだ、君は」

「そんなことより、早くここを離れましょう」

「しかし、彼は大丈夫なのか?」


 さすがに上位種ドラゴンが相手で、シアも苦戦しているようだ。

 上位種ともなれば毒にも耐性があるため、ほとんど攻撃が効かないらしい。


『さあ、アネーシャ。こういう時、どうするんだっけ?』

「シアを助けて、コヤ様」

『もちのろんよ』


 次の瞬間、大口を開けて高熱の炎を吐こうとしていたドラゴンの動きが止まった。

 突然白目を剥いて、どんっという地響きと共に倒れてしまう。


『はい、終わり』




 …………

 ……




「本当に俺がこれをもらっていいのか?」


 デッドノアの心臓を手に、シアは信じられないとばかりにアネーシャを見た。


「シアにはいつも助けられてばかりだから」

「俺は女神に雇われている、当然だ」

『けど、よその女の男まで助けろとは言ってない』


 言いながら、デッドノアの死体を呆然と眺めているリアムを見やる。


『素直じゃないんだから』

「ホント」

「……何か言ったか?」

「その心臓、売るなり食べるなり好きにして」

「じゃあ、食う」


 どうやら、上位種相手に苦戦したことを引きずっていたらしく、彼は迷うことなく心臓を口にした。シアが炎系の能力を手にしたことで、これで火起こしが楽になると、アネーシャはのんきに喜んだ。


 リアムにエリーが心配していることを伝え、彼が町へ引き返すのを見届けてから、アネーシャたちは再び歩き出した。それから一時間ほど歩いて登山口に着くと、さすがにくたびれ果て、その場に座り込んでしまう。


 シアは付近を散策したいからと行って、少し離れた場所に立っていた。


「ようやく着いた」

『ほら見て、アネーシャ。ここに綺麗な石が埋まってる』


 掘り起こすと、赤い大ぶりの原石が現れる。


『これで首飾りを作ればいいわ』

「すごく綺麗。ありがとう、コヤ様」


 ――でもこれ、何の石なの?


『ドルクの涙が結晶化したものよ。文字通り、血の涙ってやつ』


 へぇと言いながら、アネーシャは原石をそっと土の中に戻した。


『ちょっと、ドラゴンの心臓並みに価値があるんだからねっ』

「ふーん、そうなんだ」

『アネーシャが冷たいっ』

「そんなことないよ」


 言いながら、アネーシャは先ほどのリアムとのやりとりを思い出していた。


 助けてもらった恩は忘れない、しかしこの件はギルドに報告しなければならないと、興奮を隠しきれない様子で彼は言った。もう完全に、アネーシャたちのことを二人組のドラゴンハンターだと思い込んでいる口ぶりだった。


 ――面倒なことにならなければいいけど。


「それで次はどこを目指すんだ?」


 戻ってきたシアが言い、


「できれば景色の綺麗なところがいいな」


 とアネーシャも希望を口にする。


『ヴァレ山の山頂の景色はそれはそれは綺麗よ』


 のんびりとしたコヤの言葉に、


「そんなに行きたいのなら、コヤ様一人で行ってきたら?」


 やんわりと言い返すアネーシャ。

 しまいには、


『ええ~一人で行ってもつまんないぃ』


 子どものように駄々をこねられて、頬を引きつらせる。


「コヤ様しつこい」

『アネーシャこそ、あたしが付いてるのに、何がそんなに不安なのよ?』 

「……無理強いはしないって言ったくせに」

『体力が尽きたらすぐに回復してあげるし、何なら高山病にならないよう、身体も強化してあげるわよ』

「悪天候よる視界不良とか……」

『あたしがいる限り悪天候にはならない。視界も良好よ』

「……でもドラゴンが襲ってきたら……」

『坊やのことなら心配ないって。新しい力も手に入れたわけだし』

「一頭だけじゃなくて、何頭も同時に襲ってきたら?」

『アネーシャが身の危険を感じた時点で、あたしが皆殺しにしてあげるわよ』


 口調は軽いが、力強い言葉だった。


『それに、どうせ祈りを捧げるなら、山の頂上で祈ったほうが効果も高い』

「そうなの?」

『何せ大地のエネルギーがみなぎるパワースポットだし?』


 元来、標高の高い山は神聖な場所だと言われている。

 天界と地上界を結ぶ架け橋であり、神の住まう場所だと信じられているからだ。


 若干、半疑問形の口ぶりが気になるところだが……アネーシャはため息をついて訊いた。


「コヤ様はどうしても山頂に行きたいんだね」

『ええ。理由を訊きたい?』


 必要ないと、アネーシャは首を横に振る。

 それから覚悟を決めて、コヤの目をまっすぐ見返した。


「頂上に着いたら教えてもらう」


  




 ***





 

 

 その頃、王都では、


「どうしてこんなことに……」


 神殿の地下室でうずくまり、頭を抱えている男がいた。時折、びくびくと辺りを見回し、近くに人がいないと分かると、ほっとしたように胸をなで下ろす。何度も何度も同じ動きを繰り返していると、


「神官長、いい加減、ここから出てきてくださいよ」


 扉の向こう側から情けない部下の声が聞こえてきて、男は怒鳴るように返した。


「神官長なんぞ、ここにはおらんっ」


「本当にこのままでいいんですか? あなたは心臓発作で亡くなったことになってるんですよっ」


 かまわん、かまわん、と男は答えた。

 たとえ薄暗い地下室から一歩も外へ出られなくても、怒れる信者たちになぶり殺されるよりはマシだ。


 ――この世に神など存在しない……存在しないのだ。


 そう強く自分に言い聞かせながらも、身体の震えを押さえることができなかった。


 これまで通り、聖女事業は大成功を収めていた。神殿への献金も右肩上がり、聖職者たちの懐は潤い、信者たちに一切の不満もなかった。それが今やどうだ? 願いが叶うどころか不運に見舞われる、傷が癒えるどころか悪化した、厄災の被害にあったなど、信者たちの苦情が殺到している。


 おそらく地上では、今もなお、怒れる信者たちが神殿に押し寄せ、扉を壊さんばかりに叩いているだろう。 




『本物の聖女様をどこへやったっ』

『詐欺師の悪党めっ、金を返せっ』

『きっと神殿が本物を隠しているに違いないっ』

『神官長を出せっ。説明しろっ』




 それもこれも、王の娘マイア・クロロスを聖女として起用したせいだ。臆病者の娘は、信者たちの怒りを鎮めるどころか、父王に泣きついて、早々に行方をくらましてしまった。全ての後始末を自分に押し付けて。


 


 ――王の助けは期待できない。




 アネーシャ・サノスを暗殺するよう、邪神教に依頼したことを、王は知っているはずだ。だから処罰される前に、死を偽装した。仮死状態になる薬を飲み、心臓発作で亡くなったことにしたのだ。


 自分が生きていることを知っているのは、腹心の部下、ただ一人だけ。



「神官長っ、聞いてるんですかっ」

「うるさいっ、神官長なんぞおらんと、何度言えば分かるっ。おまえは黙って食料を運んでくればいいんだっ」



 八つ当たりをこめて怒鳴りつけると、足音が遠ざかっていく気配がした。

 


「神などいない……いてたまるものか」



 男は声に出してぶつぶつと呟きながら、絶えず身体を震わせていた。






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