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エリーを家まで送り届けると、町長である父親にそれはそれは感謝された。あなた方は娘の命の恩人だ、ぜひお礼がしたいと引き止められ、お言葉に甘えて一晩だけお世話になることになった。
町長の奥さんはエリーによく似た美人さんで、手料理も美味しかった。
『道理で、リアムとかいうドラゴンハンターがここに居座るわけだわ』
その美人二人は食事の最中、シアのほうばかり見ていた。
眼帯をつけて傷を隠しているおかげだろう。端正な部分がより際立って、二人ともうっとりとシアの顔に見入っている。一方のシアは、一定の距離を保ちつつ、失礼のない態度で接していた。
珍しく愛想笑いまで浮かべている。
『いつもはブスっとしてるくせに、猫かぶっちゃって』
「そういうこと言うと嫌われるよ」
小声で窘めつつ、温かな家庭料理に舌鼓を打つ。
「どうです、妻の料理はお口に合いましたか?」
「はいとても。料理上手な奥様ですね」
「それは良かった。ところであなた方はもしや、ギルドから派遣されたハンターの方では?」
残念ながら違いますとかぶりを振る。
「ただの旅行者です」
「では、観光目的で?」
怪訝そうな顔をされて、慌ててしまう。
「たまたま通りかかっただけというか……」
「どちらに向かわれているのですか? 安全なルートなら、他にもあると思いますが」
どうやら警戒されているらしい。
アネーシャが言葉に詰まっていると、
「できれば隠しておきたかったのですが」
シアが横から助け舟を出してくれた。
「我々は女神の神託を受けてここに来た、神殿の使いの者です」
元暗殺者だけあって、演技力まで兼ね備えているらしい。
聖職者らしく清廉な雰囲気を漂わせながら、重々しい口調で言う。
「な、なんと」
「まあ、まだそんなにお若いのに?」
「すごいっ」
『そうなの? アネーシャ』
確かに嘘ではないと、アネーシャも同意する。
「神託の内容は極秘扱いなので教えられませんが、ヴァレ山付近を調査するために――」
結局、シアがうまく誤魔化してくれたおかげで、その場を切り抜けることができた。
次からはもっと慎重に言葉を選ぼうと反省する。
***
翌朝、再び豪勢な朝食を振舞われ、町長一家に笑顔を見送られながら、彼らの家を後にした。
けれどしばらく歩くと、アネーシャは跪いて両手を組んだ。
「何をしているんだ?」
『急にどうしたの、アネーシャ』
「お祈りしてるの」
この町がドラゴンの被害に遭わないよう、熱心に祈りを捧げていると、
『直接あたしにお願いすればいいのに』
足元に擦り寄ってくるコヤの頭を撫ぜて、立ち上がる。
「気持ちの問題だから。それに巡礼先で祈りを捧げるのは当たり前のことでしょ」
『ドラゴンの凶暴化も抑えられるしね』
「それ、初めて聞いたんだけど」
『そうだっけ?』
可愛らしく小首を傾げられて、怒るに怒れない。
「そういえば、昔の聖女はどういう生活を送ってたの?」
『自由に動き回ってたわよ。あちこちで祈りを捧げて、ドラゴンの襲撃から人々を守ったり、流行病を癒したり――けして、あたしの神力を私利私欲のために使ったことはなかったわ。ただ……これまでの聖女たちは、あたしの声は聞こえても、姿は見えなかったから……コミュニケーションが取りづらくてね』
すぐ近くにいるにもかかわらず、少し黙り込んだだけで「女神様がどこかへ行ってしまわれた」だの「天界に戻られたに違いない」だのと勘違いされ、居た堪れない思いをしたらしい。
――コヤ様がお喋りなのはそのせい?
かくして聖女達は、女神に直接お願いするのではなく、「祈りを捧げる」という手段をとったそうだ。
『正直に言えば回りくどかったわね』
「……厳粛な気持ちになれていいと思うけど」
『アネーシャ、あなたが初めてなのよ。あたしの姿が見える聖女は』
珍しくコヤの鼻息が荒くなる。
実はすごいことなのだと力説されても、実感はわかなかった。
町を出る前に携帯用の食料やら水やらを補充して、目的地であるヴァレ山に向かう。
登山口までならすぐに到着するかと思いきや、
「なかなか着かないね」
「町からけっこう離れた場所にあるからな」
平坦な道を終えて緩やかな坂道になった途端、歩くペースが一気に落ちた。
けれど見える景色は一向に変わらず、荒れ果てた土地が広がるばかり。
山に近づくにつれ、不気味なドラゴンの鳴き声まで聞こえてくる始末。。
「そろそろ引き返そうか」
『アネーシャったら……登山口はすぐそこよ、頑張ってっ』
とりあえず立ち止まって、アネーシャは再び祈り始めた。聖女の祈りがドラゴンの凶暴化が抑えられると知ってから、こうしてちょくちょくお祈りするようになったのだが、効果のほどは分からない。
『ちゃんと効果はあるって。ほら、あそこを見なさい。ドラゴンと戦ってるハンターがいるでしょ? 今まで押され気味だったけど、アネーシャが祈り始めた途端、勢いづいてきたわよ』
言われて初めて、遠目に、誰かがドラゴンと戦っているのが見えた。
ここからだとかなり離れているので、細かいところまでは見えない。
「シア、あそこ。見える?」
「……さっき話してたリアムってハンターかもな」
シアは興味なさげに視線を向ける。
それにしても、ずいぶんと強そうなドラゴンを相手にしている。
威嚇するような唸り声がここまで響いてきた。
「上位種のデッドノアだ」
漆黒の鱗を持ち、鉄を一瞬で溶かしてしまうほどの高熱の炎を吐くという。
リアムはCランクのハンターらしいが、勝ち目はあるのかとシアに問う。
「Aランクのハンターでさえ手こずる相手だぞ。ありゃ死んだな」
それは大変よろしくない。
恋人を失って嘆き悲しむエリーの顔が脳裏を過ぎり、アネーシャは走り出していた。
「またかよっ」
「だって、放っておけないしっ」




