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 翌日、アネーシャはシアを連れて市場に買い物に出かけた。

 登山に必要な物を買い揃えるつもりだったのだが、

 

「ヴァレ山に登るだぁ? あんた、正気じゃないな」

「寝言は寝て言えってんだ。はい、次の人」

「お嬢さん、あんた、もしかして山登りしたことないのかい?」


 ただでさえ、登山に危険はつきものだ。

 準備不足に体力不足、悪天候による視界不良、落石、少しの油断が命取りとなる。


 ヴァレ山はドラゴンが巣くうだけあって標高が高く、酸素も薄い。山頂は雪で覆われ、人間が生きていける環境ではないという。登頂ルートを確立するためだけに、多くのドラゴンハンターや登山家が犠牲になったと聞いて、アネーシャは断固としてコヤに告げた。


「行くのは登山口までだから」

『えー、あたしたちの愛の巣は山頂付近にあるのにぃ』


 さすがにこれだけは譲れないと、アネーシャはまなじりをつり上げる。


「コヤ様、知ってる? ヴァレ山の登頂に成功した人は、これまで一人だけなんだって」

「英雄と謳われた、最高ランクのドラゴンハンター、ウルス・ラグナ」


 そう、その人、とシアの補足にこくこくと頷く。


「ドラゴンの心臓をたくさん食べてて、片手でドラゴンの頭を握り潰せるっていうくらい強い人」

「いくら女神の加護があるとはいえ、虚弱体質のアネーシャに登頂は不可能だ」


「……」


『アネーシャ、言われてるけどいいの?』


 気を取り直して、ふうと息を吐く。


「ということで、次の目的地はヴァレ山の登山口ね」

『はいはい、分かりました。そんな怖い顔しなくたって、無理強いはしないわよ』


 





 ***







 買い物から戻ると、宿屋の食堂で昼食を摂りながら地図を広げた。

 サンドイッチを片手に、目的地であるヴァレ山の位置と、そこへ向かう道のりを確認する。


 ヴァレ山の周辺は驚くほど何もなかった。


 とりあえず国内には存在するものの、山を含め、周辺一帯が荒地と化しているらしい。 

 必死に目を凝らして、少し離れた場所に宿場町を見つけるも、


『そこ、何度もドラゴンに襲撃されてるから、ほとんど人がいないわよ』

「ちゃんと営業はしてるんだよね?」


『ええ、寂れてはいるけど、討伐依頼を受けたハンターたちがちらほら来るみたい。あとは上位種を倒して名を挙げようとする肉食系ハンターとか?』


「行っても楽しくなさそう」

『あら、そんなことないわよ。ヴァレ山にはとっても綺麗な宝石の原石がたくさん埋まってるんだから』

「だからドラゴンもたくさんいるわけでしょ?」

『そんなに心配することないって。一番綺麗で大きなやつ、見つけてあげるから』


 多少の不安はあったものの、港街を出発し、南にある宿場町へ向かう道のりを、アネーシャは大いに楽しんでいた。今や、旅の資金が潤沢にあるおかげで、馬車にも乗れるし、必要な物は何でも買えるし、食べたい物は懐具合を気にせずに食べられるしで――ドラコンを倒してくれたシアに感謝しつつ――旅の醍醐味を満喫していた。


「シアはあまり買い物しないよね」

『もともと物欲がないのよ』


 その上、彼は目立つことを嫌う。

 だから顔の傷は治さなくていいと、いつも治療を拒まれてしまうのだが、


「でもその傷、けっこう目立つと思うんだ」


 ある時、気になって指摘すると、シアは困った顔をした。


「隠したほうがいいか?」

「せめて眼帯くらいは付けたほうがいいと思う」


 彼は素直に眼帯を付けた。


 口数は少ないものの、以前より自分に気を許してくれているようだ。

 アネーシャは思わず嬉しくなって、「姉弟みたい」とつぶやく。


『今日はやけにご機嫌ね。どうしたの?』

「なんか私たち、家族みたいだなって思って。コヤ様が優しいお母さんで、シアは頼れる弟、で、私が……」


 悲鳴が聞こえたのはその時だ。


 悪路が続くため、途中から馬車を降りて、徒歩で宿場町へ向かっているところだった。

 反射的にアネーシャが駆け出すと、後ろからシアも追いかけてきた。


 まもなく、ドラゴンに襲われている女性を見つけた。

 頭を抱えて、うずくまるように地面に伏せている。


「やめなさいっ」


 ドラゴンの注意を引こうと、アネーシャが大声を出す。

 それと同時に、シアも動いていた。


 一気に加速してアネーシャを追い越すと、走りながら吹き矢を吹いた。猛毒を仕込んだ針はドラゴンの眼球に命中するものの、ドラゴンはそのまま、逃げるように飛び去ってしまう。


「毒が効かないタイプか」


 言いながら、ちっと舌打ちする。  


「大丈夫ですか?」


 抱き起こした女性は若く、なかなかの美人さんだった。歳はアネーシャと同じくらいか。ドラゴンに襲われたショックで身体は震えているものの、シアの顔を見た途端、震えが止まった。見れば、顔を赤らめている。


「やだ、私ったら……リアムに悪いわ」


 気を取り直して立ち上がると、彼女はアネーシャたちに向かって深々と頭を下げた。


「町長の娘で、エリーと申します。助けていただいて、ありがとうございました」


 彼女を家に送る道すがら、事情を聞いた。


「普段から、一人で出歩くなと父にキツく言われているのですが、リアムのことが心配で……つい」


 リアムというのは、彼女の恋人で、下級ランクのドラゴンハンターらしい。ある時、名を上げるためにふらりと町にやってきて、そのまま住み着いてしまったとのこと。仕事を探していたので、町長が町の用心棒として雇ったそうだ。


 けれど彼はその仕事に満足できず、今朝方、町を出てしまったらしい。


「ヴァレ山に向かったのだと思います」


 エリーは憂鬱そうに続けた。


「リアムはいつも言っていましたから、いつか最強のドラゴンハンターになって、父親を見返してやるのだと」


 それで心配になって、護衛も付けずに家を飛び出してしまったという。

 恋人の後を追いかけようと町を出たところで、ドラゴンに遭遇したそうだ。

 

『なんてロマンチックなの。アネーシャもこういう恋をするのよ、いいわね?』

「はいはい」


 不思議そうなエリーの視線に気づいて、アネーシャは苦笑いを浮かべる。


「私、時々独りごと言っちゃうけど、気にしなくていいから」

「……いや、気になるどころか普通に怖いだろ」

「シアは黙ってて」


 

 


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