虹の国と消えた魔女
ペーパーウェル06参加作品
テーマ「散歩」
買い出しの帰りに突然降りだした雨、傘を忘れた私は肩を濡らして軒下へ急ぐ。ホッとしたのも束の間、通り雨は私を嘲笑うかのように晴れ間に追いたてられて去っていった。ヤレヤレと思い、せっかくならと濡れた肩を乾かすついでに散歩へ出ることにした。自分の汚れた部屋にも見飽きていたし憂鬱な自粛生活に私は逃げ出したくなったのだ。朝日山公園へ向かう先、東の空を見上げると虹が出ていることに気づいた。湿らせた前髪と冷えた肩に散々な思いをしていたが、こんな幸せのお裾分けがあるのなら、ちょっとした不運も忘れて嬉しくなる。
ふと昔亡くなったお祖母ちゃんと二人で公園へ遊びに行ったときのことを思い出した。雨上がりの水溜まりに長靴をピチャピチャいわせて遊んでいた私をニコニコしながら見ている優しかったお祖母ちゃん。あのときも東の空に虹が架かり、それを発見した私は大喜びしたのだ。そしてお祖母ちゃんが「あんただけに内緒のお話をしてあげる」と指を立てて肩を寄せてゆっくり語ってくれた物語がある。それはこんなお話だ。
人間には決して手の届かない国がある
その名は虹の国、そこに
王の願いだけを叶える魔女がいた
赤の王は、力を欲した
弱いものだけが残り国は滅びた
橙の王は、名誉を欲した
貧しいばかりで国は枯れた
黄の王は、金を欲した
臣下に恵まれず国は廃れた
緑の王は、豊かな自然を望んだ
害虫と獣に襲われ住めなくなった
青の王は、涸れない水を望んだ
その国は海に沈んで消えた
藍の王は、不死を望んだ
死ねない身体に狂い自ら死にむかった
紫の王は、多くの子を願った
子孫は増え続け戦が絶えなかった
白の王は、願いを欲しなかった
いつまでも、いつまでも
役目のなくなった魔女は孤独のうちに死んだ
教訓なんてない、あなたはあなたの物語を完結させればいいのよ、そうね、遠くの虹を仰ぎみて感動する心があればそれで十分よ。
お祖母ちゃんは私の小さな肩に手を添えてそういった。
美しいものはつかめないのだから
「あんたなら何を願う?」
そう聞かれて私は考えた。
「みんなと仲良くなりたい」
あのとき私は、幼稚園で友だちと些細なことで喧嘩して落ち込んでいたのだ。
その答えにお祖母ちゃんは顔をくしゃくしゃにしてニッコリ笑ってくれた。
私はそれが嬉しくて一緒に笑った。
「そうよね、みんがみんな仲が良かったら、足りないものを互いの国に助けてもらって補えるのよね。魔女の力もいらないし、哀しい結末にもならない。身の丈以上のものを求めすぎちゃダメよ」
「みのたけって?」
「そうね、あなたは誰と仲良くしたい?」
幼稚園のお友達の名前をいった、それからお母さんお父さんお祖母ちゃんお祖父ちゃん、指を折り曲げて数える。
「この両手の大きさにおさまるくらいがちょうどいいのかもしれないわね」
私の両手を包み込んで目線を合わせたお祖母ちゃんは、慈しみ深く優しい声でそういった。その手の暖かさを今でも覚えている。
虹はあっという間に薄くなって消えていった。
また会えますように。
散歩は反復されるもの、今は亡きお祖母ちゃんの思い出を胸にまた日々を生きる。
~ おわり ~