小説家になりたい!
私は夢見る乙女。
だったのは四半世紀前だ。
もうすっかり「おばさん」。
子供には「三段腹」を笑われ、夫にはいびきを指摘され。
そんな私にもまだ「夢」があった。
小説家だ。
恐らく、定年はないし、何歳から始めても大丈夫なはず。
子供の頃から、思い込みと前向きさには「定評」のある私は、覚えたてのパソコンを使って、無料で投稿できるサイトを探した。
あった。
「小説家になれるよ」という投稿サイトだ。
早速超低速で入力した拙い短編を投稿した。
すると。
思った以上に好評だった。
それに味を占めた私は、再び短編を投稿した。
それも好評だった。
更に投稿した。
それも好評だった。
すっかり小説家気分の私は、次に長編に取り掛かり、第一話を投稿した。
数日後、ドキドキしながら、評価欄を覗いた。
評価は一件のみだった。
しかも低評価。
がっかりしてしまった。
うん?
良く見ると、その人は自分の作品も読んで欲しいと書き添えていた。
私は勉強になると思い、その人の小説を読んだ。
しかし、その人には申し訳ないのだが、それほどのものではなかった。
感想も湧かないし、評価する気にもなれない。
それでも何もコメントしないのは悪いと思い、
「素敵な作品で、勉強になりました」
と書いた。
すると次の日、私の「マイページ」にその人からのメッセージが届いてた。
私のコメントに対する感謝の言葉と、次の作品の評価依頼が書かれていた。
気乗りしなかったが、読んでみた。
やはり思った通りで、何の感想も浮かばない、きつい言い方をすれば「独りよがり」な小説だった。
どうやら自分を主人公にした話のようなのだが、「自慢話」に終始しているのだ。
私には理解しかねるナルシズムの人のようだ。
今度はコメントする気になれず、そのまま放置した。
数日後、マイページに何通ものメッセージが送られて来ているのに気づいた。
全部例の人からだった。
しかもそれぞれの送信時間の間隔がわずか10分程度。
1つ開いてみた。
私に対する評価の催促。
普通の文面。
2通目はやや強い催促。
3通目は何故コメントしないんだという怒り。
4通目は罵詈雑言。
5通目は、お前の居場所を調べて直接文句を言ってやる、というもうすでに常軌を逸した言葉。
いくら何でも、私の家がわかる訳がないと思ったので、次からはその人からのメッセージは開かないで削除した。
それから数日後、私は郵便受けに切手が貼られていない封書を見つけた。
まさか?
そんなはずはないと思いながら、封書を開き、便箋を取り出して読んだ。
「すぐそこにいる。逃げないで待ってろ!」
私は仰天して便箋を放り出した。
そしてすぐに家に駆け込み、ドアをロックした。
更に家中の窓の鍵を全てかけ、カーテンも閉めた。
結局何もなかった。
それでも私は不安だったので、夫に相談した。
夫はサイトに相談してみろ、と言った。
私はその夜、サイトの管理者にメールした。
次の日、サイトの管理者から返信があった。
私はその回答を見て驚愕した。
私に脅迫紛いのメールを送りつけて来た人は存在していなかった。
その人のIDは数年前に削除されて、現在使用されていないという。
私は不審に思い、小説を検索した。
確かに存在していなかった。
どういう事なのか、さっぱりわからなかった。
すっかり終わった。
そう思っていた。
しかし終わっていなかった。
また郵便受けに切手が貼られていない封書が投函されていたのだ。
便箋にはこう記されていた。
「おい、いつまで惚ける気だ、早くコメントしろ!」