90話 修羅場
通りでルーナを見つけ、俺たちは酒場に入る。
そこは酒場というよりは、食事をメインとした小料理屋といった感じの店で、俺たちは個室に通された。
個室とは都合がいい、今からする話は公衆の面前でするような話でもないからな。
さて、どう切り出すか…。
しかし、意外にも真っ先に口火を切ったのはルーナだった。
「昨日はすみませんでした、少し動揺してしまって…」
そう言いながら微笑みかけてくるルーナの顔は、どことなく疲れているようにも見えた。
「いや、俺の方こそ何も言えずにすまなかった。
それで、ソフィリアを助け出すまでの旅の詳細についてなんだが…」
そこから俺が話したのは、ルーナと別れてから海底迷宮に入り、ソフィリアを助け出し、アルクが犠牲となってくれたおかげで、ここまで帰ってくることができたという話。
話の途中で涙を流す場面もあったが、ルーナは静かに俺の話を聞いていた。
「…アルクさんのことは残念でしたが、ソフィリアさんを助け出せたことは良かったです」
話し終えて、しばらくしてからルーナはそれだけを口にした。
そしてそのまま沈黙が流れる。
俺にはもう1つ話さなければならないことがある。
そしてそれは、旅の過程を話すよりも気が重い内容であった。
そう、ソフィリアとの関係についてを話さなければならないのだ。
俺は意を決して話し始めた。
「ルーナ、もう1つ話しておかなければならないことがあるんだ…」
俺の言葉に彼女は首をかしげた。
「俺は、ルーナのことはかけがえのない存在だと思っている。
片腕を失った俺を救ってくれたことに対する感謝の気持ちもある。
俺は生涯をかけて、きみを大切にしたいと思っているんだ」
「……」
ルーナは顔を赤らめつつ、静かに聞いている。
「だが、それはソフィリアに対しても同じ気持ちを持っているんだ。
彼女は、暗く落ち込んだ俺を救い出してくれた。
それ以外にも、俺は何度も彼女に救われた。
俺はそんな彼女も大事にしたい」
「……」
話が進むにつれ、ルーナは視線を下げ、表情も暗くなっているようにも感じる。
しかし、俺は言わなければならない。
自分の気持ちを、自分が今後どうしたいかを、自分の口から自分の言葉で。
「俺は2人とも愛している。どちらかを選ぶことはできない。
どちらも大事にしたいと思っているんだ。どうか分かってほしい」
「……」
沈黙が場を支配する。
ルーナはすぐに口を開くことはなく、ただ床を見つめている。
ルーナにしてみれば無理もないのかもしれない。
自分も旅に同行しようとして、危険だからと留守番を命じられた。
必ず帰ると約束し、俺を信じて送り出してくれた。
しかし、実際には仲間のひとりを失い、さらには自分以外の女を愛していると言われては、気持ちの整理ができなくとも無理はない。
ましてや、自分も旅に同行していれば、暗く落ち込んだ俺を救い出すのは自分の役目だったと彼女は言うだろう。
これは俺のわがままだ、ルーナがそれを許さなければならない理由はない。
しかし、かと言って、彼女が認めてくれなかったら、ソフィリアはどうなる。
俺はどちらも大事にしたい、しかし、ルーナが認めないとなると俺はソフィリアを切り捨てることになるのか。
そんなことできるわけがない。
「ルーナ、俺は…」
「リアムは少し黙ってて」
俺の言葉をルーナは強い言葉でさえぎった。
そのまま、顔を上げ、ソフィリアをまっすぐに見た。
「ソフィリアさんは、私とリアムが関係を持っていることは知っていたんですか?
知っていて、私がいないところでリアムに手を出したんですか?」
「いえ、知りませんでした。少なくとも私とリアムさんが肌を重ねるまでは。
その話を聞いたのは、その後のことです」
「でも、ソフィリアさんは私がリアムを好きだってことを知ってましたよね?
一緒に旅をしている時だって、一歩引いていたから気づいていると思ってましたけど」
「それは…はい、気づいていました」
「じゃあ、なんで?なんで、横取りするような真似するんですか?
ズルいじゃないですか!私だって、リアムが落ち込んでいたら…その場に私がいたら、私が彼を元気づけることができたはずなのに…」
ルーナの口調が強くなる、まるでソフィリアを責め立てているように聞こえる。
いや、責め立てているのだろう。
しかし、責められるべきは俺であって、ソフィリアではないはずだ。
「ルーナ、待ってくれ、この件は俺が……」
そこまで言ったところで、ソフィリアに制止された。
そのまま彼女はルーナに向かって頭を下げた。
「そうですね、申し訳ありませんでした。
たしかに私はルーナさんの気持ちに気づいていました。
だから私は、自分がリアムさんを愛していたとしても一歩引くことを決めたんです。
私を助け出すために、長い間一緒に旅をしてきた皆さんと私が同じ場所に立てるはずもない、そう思っていたんです」
「……」
「今回のことは私が弱っているリアムさんに漬け込んだだけです。
リアムさんはルーナさんを裏切ったわけではありません。
私は、ひと時でもリアムさんと肌を重ねることができて幸せでした。
もう十分です、お二人の邪魔をするつもりはありません」
ソフィリアはそう言うと静かに立ち上がり、個室の出口に向かって歩き出した。
俺は何も言ってあげることができない、ただただ彼女の背中を見守っていることしかできない。
彼女は故郷を失い、家族を失い、残された自分の時間さえも孤独に過ごし、俺のためにかけがえのないものを差し出してくれた。
彼女は幸せになるべきだ、これ以上、彼女に悲しい思いをさせたくない。
だから、この話をルーナにしたのだ。
決してこの結末を望んだわけではない。
「待ってください!どこに行くつもりですか?」
個室を出ようとするソフィリアをルーナが呼び止めた。
ソフィリアは背を向けたまま、その場で立ち止まる。
「椅子に戻ってください、まだ話は終わっていません」
ルーナの言葉にソフィリアは踵を返し、椅子に腰かけた。
彼女の目からは大粒の涙が流れている。
「今、リアムから聞いた話は、将来的にはあり得ない話ではないと思っていました。
正直、先にこういう関係になるのはアイラちゃんだと思ってましたけど…」
「……」
「だからこういう状況になったらどうしようって、前々から私も考えていたんです。
さっきは感情的になって、ソフィリアさんを責めてしまいましたけど、リアムが私たち2人を平等に愛してくれると約束してくれるなら、私は反対しません」
なん……だと。
今の発言は本当にルーナの発言か!?
たしかに認めてほしいと言ったのは俺だが、あのルーナが、嫉妬深い彼女が、こうも簡単に認めてくれるとは…。
驚いているのは、俺だけではなかった。
ソフィリアも目を丸くして、ルーナを見ている。
ルーナはテーブルを挟んで座るソフィリアの手を握った。
「私はソフィリアさんがリアムに好意を寄せていたのは知っています。
あなたがリアムを見るときの目は、他の人を見る目とは、明らかに違ったから。
でも、あなたは私たちと一緒にいるときは、遠慮しているようにも見えた」
「……」
「きっと、自分は一緒に過ごした時間が少ないからとか、助けてもらった身なのにっていう風に遠慮してるんだろうなって、そう思ってた」
「……」
「でも、一番最初にリアムを助けて、支えていたのはソフィリアさんだもんね…。
それを考えたら、私一人でリアムを独占しちゃいけないなって、思うようになったの。
だから、もう遠慮も我慢もしなくていいの。一緒にリアムを支えていこう」
そう言って、ルーナはソフィリアに微笑みかけた。
ソフィリアは頭を下げ、ルーナの手を握り返した。
「ありがとう…ございます」
ソフィリアの言葉を聞いて、ルーナは俺へと視線を移した。
「私たち2人を平等に愛することが条件だからね。
懐の深いリアムなら、それができると私は信じているよ」
これは、くぎを刺されているのだろうか。
なにか意図があるように感じるルーナの言葉を、俺は頭の中で反芻した。
何はともあれ、ルーナの許しを得ることができた。2人は俺が、必ず幸せにするのだ。
俺は決意を胸に、手を取り合う2人の美女を眺めるのであった。




