87話 折れた心
海底迷宮から脱出して数週間、俺とソフィリアは王都アステラの近くまで来ていた。
ルーナのところに戻る前にまずは王都に立ち寄り、海底迷宮で見つけた魔道具についてを国王に報告しようと思ってのことだ。
ここまで来る途中に俺たちは、魔法大国アンフィオーレの首都マジリカーナに立ち寄っていた。
そこには、転移トラップについて俺に助言をくれたアルクの知人がいる。
彼らは親しげだったこともあり、今回の件の報告をするつもりだったのだ。
そして、魔法学校内のプリシアを訪ねた。
実際にプリシアに会ってから、アルクについてどう説明したのかは覚えていない。
しかし、その時の彼女の姿は、今でも鮮明に思い出せる。
以前会ったときは、研究以外にあまり興味を示さなかった彼女が、アルクの最期を伝えるとその場に泣き崩れたのだ。
そのまましばらく泣き続けた彼女は、俺に向かって、なぜアルクを見捨ててきたのか?
なぜ今からでも助けに行かないのか?
……とは言わなかった。
ただ、一言だけ。
「もういい…」
その一言だけ発して、俺たちは部屋を追い出されてしまった。
その彼女の痛々しい姿に俺の胸は締め付けられた。
その後、俺たちは、マジリカーナを出た。
ソフィリアによって繋ぎとめられている心が、折れそうになるのを必死に抑えながら、ようやくアステラまでたどり着いたのだ。
国王への報告を済ませ、魔道具の保管を依頼する。
未来からの冊子によると竜王が魔道具を狙っていると書かれていた。
そのため、その竜王とのつながりがある国王に魔道具を預けるのは危険視もしたが、アルクを失い、心の折れかけている今の俺にそこまで考える余裕はなかった。
なにせ、あの日からずっとフワフワした感覚で思考が定まらない。
なんとかソフィリアによって、前に進むことはできているが、実際、マジリカーナやアステラまでの道中をどのように旅していたかもぼんやりとしているのだ。
ソフィリアはそんな俺を責めはしなかった。
ただ、優しく寄り添い、俺のサポートをしてくれている。
彼女のその行動だけが俺の支えになっているようにも感じた。
王宮を出て、その日はアステラで宿を取った。
リリアやハティのところに顔を出すことなど忘れ、俺は泥のように眠った。
翌日、ルーナの待つキーウッドへと向けて出発した。
道中の俺の頭は、ルーナにどのように説明しようかということだけ。
マジリカーナでプリシアにアルクのことを説明したときは何と言ったんだっけか…思い出せない。
あの時のプリシアの顔は忘れられない、ルーナにもあんな顔をされるのだろうか…。
俺がもっと周囲を警戒していたなら、アルクは……。
うぐっ。
いろんなことを考えていると、急に気分が悪くなった。
胃のあたりが締め付けられ、食道を胃液が駆け上がってくる感覚。
俺は口を押え、歩みを止めた。
くそっ、キーウッドは目の前だというのに…。
すかさずソフィリアが介抱してくれる。
彼女の回復魔法のおかげで、なんとか立ち上がった先に見覚えのある男が立っていた。
紫色の髪、青白い肌に筋骨隆々とした身体、鋭い眼光、手には槍のような独特な武器を携えた魔族。
彼は、俺とソフィリアの前まで歩いてくる。
「ギルドで伝言を見た、無事に仲間は見つけたようだな、リアム」
低く身体の奥底まで響き渡る声、間違いないエルジェイドだ。
俺は彼の言葉にすぐには反応できず、地面を見つめていた。
返事をしない俺に、彼は再び問いかける。
「どうした、なにかあったのか?そういえば、アルクの姿がないようだが、どこにいる?」
「……」
「まさか、死んだ…のか?
なぜだ!?お前が付いていて、なぜやつは死んだ!?
黙ってないで答えろ、リアム!」
エルジェイドの言葉は強く、そして俺の襟をつかみ、無理矢理に身体を起こされる。
ああ…そんな顔をしないでくれ。そんな目で俺を見ないでくれ。
やめてくれ、アルクのことは俺のミスだ、分かっている、だから…やめてくれ…。
「おい、リアム!なんとか言ったらどうだ?
前にも言ったはずだ、アルクは探索が未熟だから気を付けて見てやれと!」
「やめてください、リアムさんだって精一杯やったうえでの結果です!」
そう言うとソフィリアは俺を掴むエルジェイドの手を振りほどいた。
「……なるほどな、アルクを失ったのを良いことに、この女に慰めてもらっていたというわけか」
違う…俺は…。
「見損なったぞ、リアム」
そう捨て台詞を吐いてエルジェイドは去っていく。
ソフィリアは俺とエルジェイドを交互に見比べ、そしてエルジェイドの後を追いかけた。
少しして、俺の前に1人の女性が歩み寄ってくる。
俺はゆっくりと顔を上げ、言葉を失った。
「どういうこと、リアム?
今、エルジェイドさんの言っていたことは本当なの?」
声の主はルーナだった。
どうやら彼女は、エルジェイドのあとを追ってきていたらしく、今のやり取りを聞いていたらしい。
「いや……ああ、そうだな…アルクは俺の不注意のせいで……」
「そんな……」
しばらく沈黙が場を支配する。
恐る恐る視線を上へと移動させると、うつろな表情で呆然と立ち尽くすルーナがいた。
俺はどうすることもできずに、ただただルーナを見ていることしかできない。
いったい、なんて声をかけてあげればいいんだ…。
そもそも、俺の不注意でこうなったのに俺が何かを言っていいのだろうか。
俺に何かを言う資格はあるのだろうか……。
「ねえ、リアム……なんで何も言ってくれないの?
本当にアルクはもう……、それにソフィリアさんとも…」
……ん、なんでソフィリアが出てくる?
もしかしてルーナは何か勘違いをしているのか?
「ルーナ、ちょっと待ってくれ…」
ルーナは制止を聞かずに俺に背を向けた。
呼び止めようと彼女の肩に置いた手は、彼女自身によって振りほどかれた。
「……少し1人にしてください」
彼女はそう言うと、振り返ることなく去っていった。
俺は1人、その場に取り残された。
……宿で休もう。
俺は鉛のように重い足を引きずるように宿へと向かって歩き出した。
キーウッドにある宿屋の一室。ベッドとテーブル、椅子が二つだけという簡単な内装。
いつもなら、すぐに荷物を整理し、テーブルを囲み談笑しながら、旅の計画を練るのだ。
しかし、今は俺1人……仲間を助けに行ったはずが、俺のもとから仲間がどんどん離れていく。
…もういいか。
俺はベッドの上に倒れ込むように横になり、そして目を閉じた。




