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86話 友

《アルクside》


僕が魔石に魔力を込めるとリアムさんとソフィリアさんは、床の魔法陣が放つ光に飲みこまれていった。

これでもう大丈夫、きっと2人は助かったはずだ。


そう思った瞬間、こみ上げてくるものを抑えきれず、それを吐き出した。

自分の口から大量に流れ出る鮮血。


「やっぱり、回復薬程度じゃ無くなった内臓部分までは回復できないか…」


小さくそんなことをつぶやきながら、ぼんやりと玉座の下に視線を落とす。

そこには、リアムさんの氷を砕き、今にも暴れだしそうなロードクラーケンの姿があった。


僕もリアムさんみたいな英雄になれるかな…ロードクラーケンを倒して、海底迷宮から脱出したら、きっと有名になれる。

そしたら、リアムさんたちも驚くだろうな…。


薄れゆく意識の中、目の前をぼんやりと眺めながらそんなことを考える。

もはや、腹部の痛みはなく、思考も定まらず、フワフワとした夢の中にいるみたいだ。


ふと、目の前が暗くなった気がした。

かすむ視界の中にロードクラーケンが姿を現す、やつは氷の世界から抜け出し、僕を殺しに来たのだろう。

もう、抵抗することもできず、放っておいても死ぬだけの僕を…。


いや、まだだ!まだ、リアムさんに教わった魔法を使っていない!

そう思った時、なにかに力強く背中を押された気がした。

僕は地面に手をつき、ゆっくりと詠唱をする。


「白き世界に…君臨する、氷の王よ。汝に仇なす者ども…にその力を…示せ。

凍てつく暴風を巻き…起こし、命ある…者の時を奪え。

目の前…の世界を凍りつかせ、無音の白き世界を…取り戻せ……フローズンエラ!」


僕の手から魔力が放たれ、ビシビシという音を立てながら、地面に氷の大地が広がっていく。

ロードクラーケンが僕を倒すために触手を振り上げる。

あと少し、あと少しでクラーケンを氷漬けにできる。

そうすれば、僕の勝ちだ……なんとかして脱出して、リアムさんたちを驚かせるんだ。


氷の大地はロードクラーケンに到達し、徐々にその巨体を凍り付かせていく。

次第に氷は、やつの巨体を這い上がっていき、振り上げた触手の先端までも凍り付かせた。


「できた…できましたよ、リアムさん」


今のうちに脱出を…。

その瞬間、バキバキという音を立ててクラーケンの身体を覆っていた氷が砕けた。

そうか…僕の魔法ではクラーケンの体表を凍らせるくらいしかできないんだ。

これじゃ、リアムさんみたいに時間稼ぎができない。


「それなら、もう一度……」


そう思い、再び魔力を集中しようとした僕に、複数の触手が振り下ろされる。

ははは、やっぱり、リアムさんみたくはいかないや……。

迫りくる触手を前に僕は静かに目を閉じた。



《リアムside》


アルクによって、海底迷宮から抜け出すことができた俺たちは、見覚えのある遺跡の前にいた。


その遺跡は、俺がルーナ、アイラ、ソフィリアと一緒に潜った最後の遺跡。

そして、仲間探しの始まりの遺跡だ。


なぜここに?アルクもこの遺跡に思い入れがあったのか?

…そんなことはどうでも良かった、それよりもアルク本人のことだ。

俺はすぐに隣にいるソフィリアを問いただした、まるで恫喝するかのような剣幕だったと思う。

それでもソフィリアは、俺にあの時のことを丁寧に教えてくれた。


アルクは俺にエリクサーを渡し、自分は回復薬を飲んだのだと。

俺とソフィリアを無事に脱出させるためにエリクサーが余分にあると偽り、自分を犠牲にして俺を助けてくれたという。


アルクはずっと、俺のような英雄になりたいと言っていた。

しかし実際はどうだ…あの時、俺は油断し背後の注意を怠った。

それが原因でアルクは致命傷を負った…俺が油断しなければ、アルクだって死ぬことはなかったはずだ。


守るべき仲間を守ることもできずに、何が英雄だ!

力を手にし、周りからは大賢者と称えられ、行方不明の仲間も順調に見つけて…それで仲間の1人も守れないというのか。


俺は、なにも変わっていない…荷物持ちの、たいまつ野郎と蔑まれていた時と何も変わっていないんだ……。


俺は顔を伏せ、目を閉じようとした。

そのとき、背後からソフィリアに抱きしめられた。


「どうか自分を責めないでください。背後の注意を怠ったのは私も同じです、リアムさんのせいだけではないはずです。

アルクさんだって、リアムさんを責めてはいませんでした。

僕だってリアムさんを助けることができるんだと嬉しそうに胸を張っていました」


そう言って、ソフィリアは俺の頭を抱えた。

柔らかく、温かい、嗅ぎ慣れたソフィリアの匂い。

息を吸い込むと彼女のすべてが俺を満たしていくような、そんな安心感があった。


アルクを失った喪失感が、薄れていく。

決して、忘れることはないが、それでも折れかけていた心が、彼女によって繋ぎとめられた、そんな気がした。


「ありがとう、ソフィリア」


「いえ、私にはこんなことくらいしかできませんけど…」


俺は自分に回されたソフィリアの腕を握った。

細くて白くて、今にも折れてしまいそうなほど華奢な腕…俺はソフィリアにいったい幾度助けられたことだろう。


「帰りましょう、リアムさん。みんながリアムさんの帰りを待っているはずです」


ありがとう、ソフィリア。

俺はそのまま、しずかに目を閉じた。

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