81話 出口へ
この迷宮は不思議なつくりだった。
洞窟内部の壁面については、相変わらずだが、問題は魔物の種類。
この海底迷宮では、迷宮を進んでいくと魔物の種類が変わるのだ。
それに加え、奥に進むほど、強力な魔物が生息している。
今の段階で、魔物の種類が変わったのは2度目。
入り口付近…貝の魔物や虫の魔物、その少し奥…カニの魔物、そして現在…魚人のような魔物。
この魔物の切り替わるタイミングで迷宮の階層を設定するとするならば、今は第三階層ということになる。
この迷宮が何階層あるかは分からない。
今後ソフィリアの力も必要になるかもしれない。
だからこそ彼女の回復を待って、万全な状態で探索を再開する必要があるのだ。
現在、ソフィリアを救出し、横穴を拠点に過ごし始めてから3日ほどが経過している。
その間、彼女には回復に努めてもらい、俺とアルクが交代で周囲を探索した。
探索の結果、ソフィリア以外の生き残りはおらず、近くに出口と思われるものもない。
やはり、この地点は、まだ最深部ではないようだ。
「アルク、今後のことで相談をしたい。まずは、装備の点検からだ。消耗品の数も把握しておこう」
俺とアルクは、それぞれ装備とアイテム数の確認を行った。
探索で重要となる回復アイテムは、エリクサー1つを含め、まだ余裕がある。
装備についても重要な問題はない、このまま探索を続行できる。
さらに数日が経過した、ソフィリアの体調もだいぶ良くなってきている。
俺たちは、この迷宮についてそれぞれが知っている情報を共有する。
ソフィリアの情報からすると、やはり、この迷宮では魔力の消耗が激しいらしい。
俺の感じた違和感は間違いではなかったということか。
それはつまり、戦闘面での主軸はアルクで決まりだということを意味する。
隊列は俺、ソフィリア、アルクの順。
俺はなるべく剣術での戦闘を行い、ソフィリアは回復魔法を主体とし、魔力の温存をしつつ探索をしていくことにする。
「よし、探索を再開する。
慎重に進むが、ソフィリアは周囲の警戒、アルクは後方にも気を配ってくれ」
「任せてください」
そう言って力強く、自分の胸を叩いたのはアルクだった。
そのやる気が空回りしないか心配なところではあるが、今は言うまい。
わざわざ指揮を下げる意味もないし、やる気があるなら頼もしい。
「分かりました」
そう小さく返事をしたのはソフィリアのほうだった。
彼女は拳を握りしめ、ややうつむき加減で緊張しているように見える。
無理もないかもしれない、つい数日前まで死にそうな思いをしていたのだ。
俺は、そんな彼女の頭に優しく手を置いた。
「大丈夫だ、俺とアルクが死んでもきみをここから出してやる、約束だ」
俺の言葉に彼女はバッと顔を上げた。
潤んだ瞳で俺を直視する、その彼女の綺麗な顔に自分の顔が熱くなるのを感じる。
「ありがとうございます。
でも、できれば私だけではなく、みんなで帰りましょう。
もう1人で過ごすのはイヤです、リアムさん、私に寂しい思いをさせないでくださいね」
はにかみながらに微笑みかけてくる彼女に、自分の心臓が早鐘を打つのを感じる。
この感情は覚えがある、以前オーペルでルーナに抱いた感情と同じだ。
しかし、今は探索に集中だ。この気持ちについては、迷宮を無事に脱出してから考えればいいのだ。
まずは無事に脱出する、それだけを考えていこう。
俺たちは探索を再開した。
この周囲にいる魚人のような魔物は、そこまで強敵ではなかった。
たしかに知能は高く、集団での連携は見事だが、それだけだ。
瞬息の太刀を使いこなす、俺やアルクの敵ではなかった。
そこからさらに進む。
この辺りまで来ると、壁面は洞窟のような岩肌が続き、遺跡風の壁面は見なくなった。
魔物にも変化が見られ、魚人のような魔物は見なくなり、背びれを持った巨大なトカゲ…
ブルーシーリザードのみとなった。
ブルーシーリザード、やつは地上にいるドラゴンの下位種というだけあり、かなり強力だ。
身体はドラゴンよりも一回り小さく翼も持たないが、ドラゴン同様ブレス攻撃をしてくる。
ブルーシーリザードのブレス攻撃は水弾での攻撃となる。威力は高く、盾での防御では防ぎきれないが、躱してしまえば連射が利かない分、こちらが有利だ。
そのため、俺が攻撃を引きつけつつ、アルクが仕留める。
ブルーシーリザードは強力な魔物のため、群れることがない。
この戦法で問題なく進むことができていた。
そして、またしばらく進むと、今度は遺跡のような壁面に変化する。
洞窟のような岩肌の壁面は見られない、またここから魔物が変化するのだろうか。
俺の基準で考えると、魔物が切り替われば、この先は第五階層ということになる。
ブルーシーリザードよりも強力な魔物、いったいどんな魔物がいるというのだ。
しばらくは魔物の出現はなく、探索も順調に進んだ。
遺跡風の作りというだけあり、いくつもの小部屋が存在し、探索に時間はかかったが、身体を休めるにはちょうど良かった。
戦闘面は俺とアルクの連携により問題なく魔物を仕留められているし、適度な休息をはさみ探索も順調。
しかし、順調であるがゆえに俺は重大なミスを犯すことになる。
探索中は常に警戒し、緊張感を持つ、そんな当たり前のことが頭から抜けていたのだ。
俺たちはさらに奥に進む。
そしてたどり着いたのは、とてつもなく広い場所、奥には重厚な扉のようなものがあり、なにやら文様のようなものが刻まれている。
そして左右には、いくつかの巨大な穴、あの穴はどこか別の空間に続いているのだろうか。
周囲を警戒していると、どこからともなく地鳴りのような音が聞こえてくる。
これは魔物の足音だろうか、それも複数だ。
しかし、魔物の足音にしては、何かがおかしい。
足音にバラつきがあるというか、統一感というものがないような気もする。
「アルク、ソフィリア、警戒しろ。何か来るぞ!」
通路の右の穴から出てきたのは、細長い胴体と無数の針のような鋭い手足を持った魔物。
その隣の穴からは、丸い胴体に甲羅のようなものを背負った虫のような魔物。
この魔物たちは、迷宮の入り口に近いところにいた魔物だ。
ソフィリアの話では、それぞれ甲羅の方がアーマーローダー、針状の手足の方をデビルピードというらしい。
しかし、これはどういうことだ、この穴は入り口付近とつながっていたというのか。
探索においては全ての通路を確認しながら進んできたはずだ。
どこかに隠し通路のようなものがあったとでも?
考えを巡らせていると、通路の左の穴から6本のハサミを持ったカニの魔物が、その隣の穴からは魚人のような魔物も姿を現した。
カニの魔物の方はキャンサーウォーリアー、魚人の魔物の方はソフィリアも分からないらしい。
こいつらは、第二階層と第三階層にいた魔物たちだ。
いったいどうなっている?
最期に正面奥の重厚な扉の横、ひと際大きな穴から姿を現したのは、ブルーシーリザード。
ここに来るまでに遭遇した魔物が全てこの場に集合しているということか。
いや、入り口付近の魚類の魔物と貝のような魔物はいない。
これは何者かに仕組まれているのか、それともそういう罠の類か。
ここに集まったものすべての視線が、中央で交錯する。
これは、さながら闘技場。
生き残りをかけたサバイバルが、今、始まろうとしていた。




