80話 助けられた命
《ソフィリアside》
目の前に立っている青年…彼は見覚えのある茶色い髪で、使い込まれた名もない鉄の剣を持ち、これまた使い込まれた皮の鎧を身にまとっていた。
彼は私と魔物との間に立ち、何やら指示するように叫んでいる。
奥に目をやると、鮮やかな金髪の青年が目にもとまらぬ速さで、魔物を切り伏せている。
彼の目の前にも魔物が迫っているが、彼は動じない。
そして、一瞬だけ彼の身体がブレたように見えたときには、目の前の魔物はすでに斬られていた。
あれだけいた魔物の数が、どんどん減っていく。
私は夢でも見ているのだろうか……。
実は私はすでに死んでいて、今、目の前で起きていることは、ただの私の妄想なのではないだろうか。
私は目の前の光景を夢うつつに眺めていた。
ふと、彼は振り返り、私のところまで歩み寄る。
地面にへたり込む私の前で、しゃがみ込み、私の肩に手を置き、何かを言っている。
ああ、懐かしい…。彼は私やルーナさん、アイラちゃんに何かあると、いつもこんな表情で心配していたっけ。
でも、なんて言っているんだろう…ぼんやりしていて聞き取れない。
やっぱり夢なのかな…でも最後に見る夢が彼の夢なら、思い残すことはない。
不意に彼の顔が近づいてくる。
そのまま彼の顔が私の顔の横へ移動する、彼の手が肩から背中に回され、強く抱きしめられる。
力強く抱きしめられ、彼の体温が私に伝わってくる。
温かい感覚が全身を支配する、息を吸い込めば嗅ぎ慣れた彼の匂いが私の身体を満たす。
「………ソフィリア、ソフィリア」
聞き慣れた声に私は我に返った。
私の顔の横にあったはずの彼の顔が、いつの間にか目の前にある。
そして彼の視線と私の視線が交差する。
それを確認し、彼はふぅと大きく息を吐いた。
「よかった…無事で。本当に良かった」
もう一度、今度は優しく抱きしめられた。
この温もり、匂い、声、全てが私を包み込み、その全てが私を安心させた。
私もゆっくりと彼の背中に腕を回す…確かな感触が腕から脳へと伝わってくる。
これは夢ではない、私は助かった。また、彼に助けられたのだ。
助かった…そう実感したとき、自然と涙がこぼれ落ちた。
「リアムさん、私……私………う、うぅ」
「ああ、もう大丈夫だ。一緒にここから脱出しよう」
その後、しばらく涙は止まらなかった。
私の涙が止まったころには、周囲の魔物は一掃されていた。
リアムは、私が落ち着いたのを確認してから、なにやら金髪の青年と話を始めた。
私も立ち上がり、2人のもとへと歩み寄る。
「ソフィリア、もう大丈夫なのか?」
「はい、ご迷惑をおかけしました。私はもう大丈夫です。
助けていただいて、ありがとうございました。
えっと、リアムさん…そちらの方は?」
彼の斜め後ろに立っている金髪の青年は、直立不動の姿勢を崩さずにこちらを見ていた。
なんだろう、もしかしてハイエルフを見るのが初めてで驚いているのかな。
それとも、エルフ族に偏見があるのかもしれない。
「ああ、彼はアルク。俺たちが転移トラップでバラバラになった後から今に至るまで、ずっと一緒に旅をしている仲間だ」
彼はそう言うと、直立不動の青年を肘で突いて合図をした。
金髪の青年は、ハッとした様子ですぐさま頭を下げた。
「あっ、すみません。僕はアルク・レインジークといいます。
リアムさんとずっと一緒に旅をしてきました」
「そうですか、私はソフィリアといいます。
助けていただいて、ありがとうございます、アルクさん」
そう言って微笑みかけると、金髪の青年は顔を赤らめ、また硬直してしまった。
どうにも様子がおかしい気がする。
「おい、アルク、大丈夫か?少し変だぞ?」
彼もそれは感じたようで、金髪の青年の顔を覗き込み問いかける。
すると金髪の青年は、慌てた様子で早口に答えた。
「あっと…えっと、はい、大丈夫です。
あまりにソフィリアさんが綺麗なもので、一目惚れをしてしまいました」
「「えっ」」
私とリアムさんの驚きの声。
「あっ…」
それを聞いて我に返ったアルクさんも、小さく声を上げ、口を押えながら視線をそらした。
そしてしばらくの間、静寂がその場を支配したのは言うまでもないだろう。
これが、私とアルク・レインジークさんとの出会いであった。
《リアムside》
ソフィリアは無事に救出することができた。
アルクの唐突な発言のおかげで、しばらくぎこちない空気だったが、ソフィリアの機転とアルクの明るさが、場の空気を変えてくれた。
俺とアルクはすぐさま、場所を移動した。
ここに来る途中に見つけた横穴、そこは薄暗く、あまり大きくはなかったが身を隠すのには十分な広さで、入り口に見張りで立てば、魔物の動向も分かるため拠点に最適な場所だ。
俺たち3人はその横穴に移動し、ソフィリアの回復を待った。
彼女は、やつれ衰弱しているように見えた。
仕方がないだろう、こんな魔物の巣窟のような迷宮に長いこといたのだ。
疲労、恐怖、絶望…彼女の精神的負担は想像を絶するもののはずだ。
俺は横穴の入り口に土魔法でのぞき穴のついた壁を作り、風魔法と火魔法を複合した温風を横穴に流し込み、内部を温めた。
持っていた食料と水をソフィリアに与え、魔力切れ用に残しておいた聖水を彼女に飲ませた。
そして、ゆっくりと睡眠をとらせた。
本来ならば、こんなところではなく、上質なベッドで休むのが望ましいが、こんな状況では仕方がない。
それでも、ソフィリアは文句のひとつも言わずに、俺の膝の上で眠っている。
その寝顔は安らかで、美しい。
見ているだけで、心が洗われるような感覚さえ覚える。
そういえば、俺が初めてソフィリアと出会った時は、逆の立場だったな。
あの時、俺は死にかけていたところをソフィリアに助けられ、力の使い方を教わり、しかも彼女の力も分け与えてもらったんだ。
懐かしい…懐かしいが決して忘れることのない記憶。
今の俺がいるのは、ソフィリアがいてくれたからだ。
今度は俺がソフィリアを助ける番だ、例え命に代えても、彼女だけは助け出さなくては。
ふと気づくと、外が騒がしい。
見張りのアルクも注意深く外の様子をうかがっている。
どうやら、魔物同士の戦闘が近くで起こっているらしい。
俺たちは息を殺し、周囲を警戒したまま、しばらくこの場でソフィリアの回復を待つことにした。




