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78話 捕らわれのハイエルフ

《ソフィリアside》


ピチョン、ピチョン


天井からの雫の音に私は目を覚ました。

私たちがここに来てから、どれくらいが経っただろうか。



………………


魔大陸から中央大陸へと向かう船に私は乗っていた。

海上で複数の船に物資を分担し、中央大陸へ向けて航海を再開、しばらくしてから大渦に巻き込まれ海中に引きずり込まれた。


目を覚ますと洞窟のようなところで、船員も何人か行方不明になったけど、ほとんど無事だった。

でも、そこからが過酷だった。


船の残骸から物資を確保しようとしていた数名の船員は、突然現れた巨大な魔物に丸のみにされた。

なんとか、洞窟の奥へ進むと、貝のような魔物と虫のような魔物に襲われた。

そのたびに、戦闘経験が少ない船員から徐々にその数を減らしていった。


やっとの思いでたどり着いた広間。

持ってきていた木材をかき集めて、私が魔法で火をつけた。


そこで私は気づいた、魔力の消費が激しいことに。

ただの焚火程度の火魔法が、上級魔法並みの魔力消費量だったのだ。

これは、この場所のせいなのか、それとも…。

考えてみても答えは出ない、私は考えるのを諦め、ひとまず暖を取って体力の回復に努めることにした。


焚火を囲んで、一同がホッと一息ついた時、カニの魔物に襲われた。

数名の船員が、巣穴と思われる横穴に引きずり込まれ、しばらくして穴の奥から悲鳴が聞こえ、そして静寂が場を支配する。


ここにいてはダメだと判断した私は、奥へ進み出口を探そうと提案した。

もし、今いる場所がダンジョンや迷宮の類ならば、奥に行けば必ず出口があるはずだ。

今までの魔物だって、倒せないほどの強さではない、協力して進めば最深部までたどり着けるはずなのだ。


しかし、私の提案に数名の船員は反対した。


「ふざけるな!こんな、魔物がウヨウヨいる洞窟の奥になんか進めるか!

奥に行ったって、助かる保証はねえんだ!

だったら、さっきの浜辺で助けを待ってりゃ、誰かしらが助けに来るかもしれねえだろ」


「今来た道を戻るのか?また、あの魔物どもをかいくぐってか?

お前にそれができるのか?」


「そりゃあ……。で、でも、このまま奥に進むよりは可能性があるだろうが!」


「じゃあ、勝手にしろよ!こっちには魔法が使えるハイエルフ様がいるからな、てめえらよりは、生き残る確率は高いってもんよ!」


「そのハイエルフが、サキュバスみてえにお前らを魔物の巣に引きずり込まねえといいがな!」


「なんだとてめえ!」


「ああん、やんのかコラ!」


言い争いはエスカレートし、論点もズレていく。

ここにいる全員が不安を感じている、それがささいな言い争いをきっかけに爆発してしまったのだ。

こうなっては、全体行動は難しいかもしれない。


そう諦めかけたとき、1人の男が歩み出た。

言い争っているグループの前で、両手をパンパンと叩いてから口を開く。


「お前らそこまでだ!言いたいことはあるだろうし、納得できないこともあるだろう。

だが、仲間割れなんてしてたら、出れるもんも出れねえじゃねえか。

とりあえずいったん話し合おうぜ、な?」


男はそう言うと、近くにいた数名の船員に洞窟への入り口を監視させた。

どうやらこの男は船長らしい。

船長の提案で、私と船長以外でのリーダーを選出した。

そして、グループを二つに分けた。


私と船長を含むグループは最深部を目指し出口を探す。

もうひとつのグループは、来た道を引き返し、救援を待つ。

そうしてそれぞれのグループが行動を開始したのだ。


私たちのグループは広間から洞窟への入り口に目印をつけた。

もし、引き返したグループが助けを寄こしたときに迷わないようにと考えたのだ。


その後、私たちは長い時間をかけ、洞窟の奥へと進んでいった。

予想通り、魔物はそこまで強くなかったし、息を殺して隠れることで、やり過ごすこともできた。


いける、出口までたどり着けるかもしれない。

誰もがそう思った時、状況は一変した。


先頭を歩いていた船長が、横穴から飛び出してきた魔物に槍で一突きにされ殺されたのだ。

その魔物は、下半身はタコのような無数の触手、上半身は人間、首から上は魚が一尾丸々乗っているといった見た目の魚人のような魔物だった。


その魔物は複数で行動し、知能も高かった。

パニックに陥った私たちは、あっという間に捕らえられてしまった。


そして今、私はその魔物の巣のようなところに閉じ込められている。

洞窟を進んだ先の行き止まりのような広間。

そこの壁のくぼみに押し込まれ、周囲を粘着性の糸のようなもので囲まれている。


引き返していったグループの人たちは無事だろうか?

本当に助けが来てくれたりするのだろうか?

いや、今は止そう。今は自分が助かるための方法を考えるのだ。

ぼんやりとそんなことを考えていると、魚人のような魔物がこちらに近づいてくるのが見えた。


やつらは数日に一度、私たちの中から1人を選んで、この檻のような場所から連れ出す。

この魔物たちは知能が高い、数日様子を見て、私たちに危険がないことが確認出来たら、1人ずつ檻から解放してくれるのだ。

なんと慈悲深い魔物か、こんな人間に近い感情を持った魔物は見たことがない。


「はっ、ははは、そんなわけないでしょうに」


われながら嘲笑が漏れた。

そんなことはあり得ない、相手は魔物、やつらの人間に対する感情など敵意か食料としての感情程度しか持ち合わせていないのだから。


檻から出される人間は衰弱した者が優先される。

奥の横穴に連れて行かれた彼らがそこから出てきたことはない。

残る人間は3人、私と屈強な船員が2人だけ。

連れ出される順番に男女差はない、そもそも女性は奴隷しか乗っていなかったから、すぐに衰弱し外に連れ出された。


やつらは粘着性の糸の間から、こちらに侵入し、船員の男性を1人外に連れ出した。

やはり、衰弱しているほうだ。

しかし、船員は外に出た瞬間、最後の力を振り絞り逃走を試みた。


魔物の横をすり抜け、もうあと数歩でこの広間から抜けられるだろう。

しかし、彼がこの場を逃れることはなかった。

どこからともなく、魔物は数を増やし、彼に槍を突き立てた。

そして絶命した彼をバラバラにし、その場で食べ始めた。


「う、おええ」


それを見ていたもう1人の船員は隣で嘔吐した。

彼の目には、もう光がない。

体力的に限界だろうし、目の前で仲間があんな最期を迎えれば、精神的にも限界だろう。


私としても限界に近い。

エルフは粗食であり、少ない食事で何日も行動できるから、体力的にはまだ大丈夫。

問題は精神面、迫りくる絶対的な死に対する恐怖。


このままここで助けを待っていても、きっと私は死ぬ。

その予感が、私の決心を後押しした。

私はここから脱走する、どうせ死ぬのなら、最後まで抵抗してみせる。

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