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76話 海底迷宮攻略開始

「ん、ゲホッ、ゴホッゴホ、ゲハッ…ハア。ここは…?」


顔に当たる水の感触と波の音に目を覚ます。

地面は砂、さながら海辺の砂浜といった感じだ。

俺は上体を起こし、周囲を見回した。


だだっ広い空間に広がる水面、少し遠くに滝のように大量の水が流れ落ちている場所がある。

その下には、バラバラに分解された木片、きっと俺たちが乗っていた船だろう。


ぼんやりとそんなことを考えていたが、ふと気づいた。

そばにアルクの姿がない。

俺は周囲を見渡した、砂地にはいない。

水面にも目を凝らす…いた、バラバラになった木片の1つにしがみついている。

いや、引っかかっているだけか…どうにも意識がないように見える。


急ぎ、アルクを地上に引き上げ、生死を確認する。

呼吸は…ある。俺はアルクの胸部を数回押してみた。


「グハッ、ゴボッ…ゲホゲホッ、ゴホッ」


アルクは水を吐き出しつつ、目を開けた。


「ゲホッ、ゲホッ……ここは?」


アルクの問いに俺は、もう一度周囲を見渡した。

広い空間に広がる水面、遠くには滝、さらにその奥には洞窟のような穴が3つ、俺たちの背後には陸地が続き、洞窟のようになっている。


砂地には、俺たちが持ってきていた荷物が打ち上げられており、水面にはバラバラになった俺たちの船だけ…。


おかしい、ここが海底迷宮で、入り方が正解だったとするなら、ソフィリアが乗っていたであろう船や、その他の大渦に巻き込まれた物が、ここに存在していてもおかしくはないはずだが。


ふと、水面を激しく叩く音が聞こえてきた。

先ほどから聞こえている滝の音ではない、水面からつながる洞窟の1つから聞こえてくる気がする。

どんどん音は大きくなり、次第にその正体が姿を現し始める。


水面を切り裂く無数の背びれ、見覚えがある…あれは、シップバイトシャークだ。

やつらは水面に浮かぶ木片を次々と飲みこんでいく。

全ての木片がシップバイトシャークに食いつくされるかというところで、また地鳴りのような音が聞こえてくる。


今度は先ほどとは違う洞窟、一段と大きな中央の洞窟からそいつは急に現れた。

巨大な口を開き、高速で突進してきたそいつは、自分の直線状にある全ての物を口の中に流し込んだ。

そのままバクンという音を立てて口を閉じ、元の洞窟に戻っていく。


初めて見る魔物だった、大きさはリヴァイアサンと同じと言っても過言ではないほどの大きさだった。

そいつのいなくなった後には、先ほどまで木片が散乱し、魔物が大量に泳ぎ回っていたのが、嘘のように穏やかな水面が広がっている。


これは、水中を移動するのは無理だな。

海面を凍らせたとしても、先ほどの大きさだ…海上の氷を砕きながら突進してくるだろう。

そうなれば、俺たちも丸のみにされるのは目に見えている。

それと、なぜか先ほどから身体が重い。なるべくなら戦闘は避けて進みたい。


相談の結果、俺たちは背後の陸路を進むことにした。

道中、俺はアルクに迷宮について聞いてみた。


「迷宮は、大まかに言えば自然発生したダンジョンとそう変わりません。

迷宮のどこかに魔石があり、それに吸い寄せられるように魔物が増えていきます。

ただ、ダンジョンのようにほぼ一方通行ということは少なく、道は入り組んでおり、ダンジョンよりも攻略が困難なことが多いです」


「………」


「加えて、ダンジョンのように上下に階層があるものもあれば、階層というものがなく、ただただ平面的に広い場合もあります。

この海底迷宮がどのようなつくりになっているかはわからないですが。

最終的には魔石を守護する魔物を倒すことにはなるかと思います」


なるほどな、それならばダンジョンを攻略するつもりで進めばいい。

しかし、道が入り組んでいるという話だ、やみくもに進むのではなく、道順は考えながら進む必要があるな。


それとひとつ気になるのは、この迷宮を自然発生したと仮定していいものかということ。

先ほどの広間から、洞窟を進んできて周囲の様子が変わった。

洞窟のような岩肌から、石材を組み合わせたような壁と通路に変化している。

自然発生したにしては、あまりにも人工的に見える。


もし、これが何者かの手による迷宮ならば、その目的はいったいなんだ?

それと、もし人為的なものならば、罠が仕掛けてあったりとかは……。


そんなことを考えていると、行く先の壁に違和感を感じた。

無数に開いた小さな穴、アルクは気にも留めず進んでいく。


「アルク、待て!」


そう叫び、彼の腕を取った瞬間、壁の穴から勢いよく何かが飛び出した。

反対側の壁にはなにも突き刺さっていない、地面にも何もない、ただ水たまりが先ほどの広間から転々と続いているだけだった。


壁の穴から飛び出したのは、おそらく水だ。

超高圧の水流は鉱石ですら切断すると聞く、直撃していたらひとたまりもなかっただろう。

やはり、エルジェイドの言う通り、アルクは探索においては未熟だ。

俺がサポートしなければ、とそんなことを考えながら俺たちは迷宮を進んでいった。


進みながら海底迷宮の中の状況を整理していく。

まず、海底迷宮とは言われているが、不思議と宮殿の内部が水没している様子はない。

くるぶし程度の水たまりが散在する程度だ。


空気に関しても、風の流れは感じないが、息苦しくなるほど空気が薄いわけでもない。

中の気温も保たれている、しかし、濡れた衣服で探索をすると体温を奪われる危険がある。

どこかで一度、休憩をはさむべきだろう。


俺たちは、通路の脇のくぼみに腰かけ、周囲を土魔法で覆うようにして壁を作る。

そこで衣服を乾かし、今後の探索についての相談をすることにした。


「アルク、この探索中だが前衛は俺が務めよう。

お前は周囲を警戒しながら、俺の後ろから追従するかたちでついてきてほしい」


「なぜです?僕が前衛では不安ですか?」


不安、たしかに不安ではある。

アルクは探索に関しても未熟な部分が多い、先ほどの壁の穴にしてもトラップのようなものだろう。

いつ彼が、それらに引っかかり負傷してもおかしくないのだ。

それと理由はもう1つ…。


「たしかに探索慣れしている俺のほうが注意深く進めるのは事実だが、それだけじゃないんだ。

この迷宮は俺と相性が悪い。魔法に制限がかかりすぎるんだ」


俺の言葉にアルクは首をかしげた。


「相性が悪い?」


「そうだ、仮にここが海底にある宮殿だとしよう。なぜか水没していないし、空気もある。

だが、もしこの場で火の魔法を使ったとしたら、煙が充満し視界が狭くなることに加え、息苦しくもなるだろう。

爆発が起きれば、壁や天井が崩壊し、一気に水没する危険がある」


アルクはうなづきながら聞いている。


「雷の魔法にしても、足元にある水のせいで自分たちまでダメージを受ける可能性がある。

水や風といった魔法も同様に迷宮自体を破壊しかねない。

使えるのは、氷か土の魔法だけだが、さっき魔法を使ってみて違和感を感じるんだ。

だからなるべくなら、魔法は使用せずに進んでいきたい」


アルクは、また首をかしげた。


「違和感ですか?」


「ああ、まさかとは思うが、この感覚…もしかしたら、今後、俺の魔法は役に立たないかもしれない」


「えっ、それってどういう…」


俺はアルクの言葉を遮るように続けた。


「だから、俺が後衛で援護することは難しい。

だが、アルク、お前は違う。いざとなれば、瞬息の太刀で俺を援護してほしい。

俺も一応は瞬息の太刀を習得しているが、やはりお前のそれとは比較にならないからな」


アルクは顔を上げ、目を輝かせた。

任せてくれと言わんばかりの、どことなく嬉しそうな表情である。


「分かりました、では前衛はお任せします」


こうして俺たちは、探索を再開した。

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