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75話 いざ、海底迷宮へ

「たしか、ありゃ、魔大陸から物資を運ぶ船に乗ってた時だ。

俺たちは魔大陸の物資を海上で受け取り、それぞれの大陸に運ぶんだが、中央大陸行きの物資の船に、珍しい髪の色をしたスゲー美人のエルフの女が乗ってるって話だったぜ。

高値で売るから傷ものにできねえってんで、抱くことはできなかったらしいがな」


俺は男に詰め寄った。

今にも胸ぐらをつかもうかという勢いで男に問う。


「それで、そのエルフの女性は今どこに?」


俺の質問に男は手をヒラヒラとさせながら首を振った。


「さあな、分かんねえよ。

なんせ、その船は中央大陸にたどり着く前に消えちまったからな。

噂では、海底迷宮に通じる大渦に飲まれたんじゃねえかって話だぜ」


また海底迷宮か、バルスの話でも魔道具は海底迷宮にあるかもしれないとのことだ。

だったら、海底迷宮を捜索してみるのもいいかもしれない。

しかし、どこにあるかもわからないものを、広い海から探し出せというのか…それは不可能に近い。


いや、待てよ…たしか、この男…。


「お前は、海上で物資を受け取り大陸に運ぶと言っていたな。

それなら、その物資を乗せた船の航路を知っているんじゃないのか?」


俺の問いに男の目つきが鋭くなる。


「ああ、知ってるぜ。だが、それを教えるわけにはいかねえ。

俺たちは危険を冒してまで魔大陸から物資を運んでるんだ、その意味が分かるか?

金になるんだよ、金に!航路なんかを教えて、待ち伏せでもされたら、たまったもんじゃねえ!

だから、航路を教えるなんざ絶対にしねえ!」


その瞬間、俺は男を床に押し倒し、剣を男の首に突きつけた。


「お前らの事情は分かった、だが、俺にも引けない理由がある。

多少強引でも、航路を吐いてもらうぞ!」


周囲がざわつく、アルクとルーナが戸惑いの声を上げ、バルスが制止しようとしている。

しかし、俺も引くつもりはない。やっと…やっと、見つけたソフィリアの手がかりだ。

必ず航路を聞き出し、ソフィリアを見つけるんだ。

男の顔に恐怖の色が浮かぶ、その目には俺の顔が映っている、殺気に満ちた俺の顔だ。

男の首から一滴の血が流れたとき、男は叫んだ。


「わ、わかった、話す、話すから勘弁してくれ!」


その言葉に俺は剣を引き、男を開放した。


「ただし、条件がある。

まず、誰にも口外しないこと。そして、もうひとつは金だ」


「金だと?」


俺は自分の眉根が寄るのを感じた。

それを見て男も一瞬たじろいだが、すぐに話を続けた。


「そうだ、金だ。情報料だと思ってくれりゃあいい。

ただで教えたとあっちゃあ、俺がお頭に殺されちまう」


「だったら、その頭を俺が殺してやろうか?」


「やめてくれ、俺だってこの仕事で生活してんだ。

金貨を20枚ほどくれりゃあいい。

見たところ、名のある冒険者なんだろう、へへへ、それぐらい簡単だろ?」


金貨20枚か…今現在、手元には金貨11枚、銀貨と銅貨が数枚といったところか。

ルーナを旅に加えてから、宿屋でも一室多く借りるようになったことで、所持金が少なくなってきていたか。

クエストを受けることで、金を貯めることは可能だが、そんな時間はない。


どうすべきかを考えていると、それを見ていたバルスがカウンター越しに俺に声をかけた。


「まさか、お前、所持金が足りていないのか?」


バルスも気を遣い、小声で耳打ちするように言った。

俺は、小さくうなずく。

それを見たバルスが、勢いよく顔を上げ、男に言い放った。


「よし、その金は俺が支払おう!

リアム、これは貸しだ。借りは倍にして返してもらうぞ!

そうだな、海底迷宮にある貴重な財宝なんかを持ち帰れ!

それで今回の件はチャラだ、大賢者であるお前なら、そのくらい簡単だろう」


それを聞いた男は目の色を変え、詰め寄ってきた。


「あんた、大賢者ってことは、あの魔王殺しのリアム・ロックハートか?」


「ああ、そうだが…」


「だったら、金の話は待ってくれ!お頭に相談してから決める。

たしかに迷宮内の宝のほうが金になりそうだ。

へへへ、また明日同じ時間にここに来な」


俺は横目でバルスを見た。

バルスは、どうだと言わんばかりの、さわやかスマイルでウィンクをしてきた。

正直、むさ苦しいおっさんからのウィンクなど、遠慮したいところだが…今回は彼の機転に助けられたな。

今度、酒でも奢ってやろう。



次の日、ギルドには昨日の男がいた。どうやら彼は、バッカスというらしい。

バルスも珍しくカウンターで俺たちのことを待っている様子だ。

そこで俺たちは、男から中央大陸と魔大陸を行き来するための海図を受け取る。

報酬は迷宮内の宝、宝がなければ金貨20枚、俺たちが死亡した場合はバルスが支払うことで話がついた。


バルス…あんな見た目のわりに、いいやつだな。

今度から、バルスに対する接し方を考えるとしよう。


さて、そんなことはいいとして、問題はルーナをどうするかだ。

ルーナ自身は同行したいと言うだろう…しかし、今回の目的地は海底迷宮。

そもそも、目的地にたどり着くまでの道中も危険であり、戦う術を持たない彼女を同行させるのは、あまりに危険な気もする。


かと言って、正直に話せば、きっとまたふてくされてしまうだろう。

よし、ここは…。


「おい、アルク、少し相談したいことがあるんだ」


俺はルーナが水浴びに行ったタイミングで、アルクに相談することにした。



3日後、俺とアルクは、ギルドで話をつけた男、バッカスの手配した船に乗っている。

船員はいない、海図に示された場所までは、俺が風と海流を魔法で操り進んでいく。

海図の取り扱いに慣れていないこともあり、やや自信はないが、その地点から見える景色の説明を受けているから、それを目指して進めばいいということだ。


あのあと、なんとかルーナを説得し、彼女にはキーウッドに残ってもらうこととなった。

キーウッドの町に危険が及ばないように監視してほしいという名目で説得を試みたが、ルーナを説得できたのはアルクのおかげだ。


アルクには、本当にいろいろなところで助けてもらっている気がする。

海底迷宮から帰ったら、またアルクに魔法を教えてやろう。

彼にはそれが一番の恩返しになりそうだからな。


そういえばルーナには、町を出るときに不服そうな顔をされたな…やはり説得できたとは言え、一緒に来たかったのだろう。

帰った後の小言が怖いな、この前も延々続くんじゃないかって勢いだったし…。

そうだな、今回は帰ったらすぐに優しくしてやろう…存分に甘えさせてやるんだ、よし。


そんなことを考えていると、ふと、アルクの視線に気づいた。

彼は笑いながらに言う。


「リアムさんは考え事をしているとき、結構顔に出るんですよ。

たぶん、ルーナさんも気づいています。

だから、リアムさんがいつどこで考え事をしているかも分かるし、その相談をしてくれないことも気にしてると思いますよ」


なるほど、ルーナがときどき不機嫌そうに頬を膨れさせているのは、それが原因だったというわけか。

今度からは、彼女に気づかれないようにしなければな。彼女にすべて相談できるとは限らないし…。


俺は苦笑しながらアルクに視線を向けた。


「アルク、海底迷宮から帰ったら、お礼に…」


言葉の途中で、船が大きく傾き、話は中断された。

見ると、やや前方に巨大な大渦が出現していた。

先ほどまでの、何もない穏やかな海は一変して、船を飲みこまんとする荒れた海へと姿を変えた。


どんどん、中心に吸い込まれていく船に向けて、風魔法や水魔法で海流を操作しようとするが、流れは早く強大で、俺の魔法ではどうすることもできない。

いっそのこと、海面を凍らせるか…いや、待て。バッカスは、たしか海底迷宮に通じる大渦と言っていたな。

もしかして…この大渦が海底迷宮の入り口か?


そう思いながらも、命の危険も感じている。

どうする、中心に近づきすぎて、もう海面を凍らせることもできない。

そう判断した俺は覚悟を決めた、そしてアルクに叫ぶ。


「アルク、大渦に飲み込まれるぞ、何かに掴まれ!」


その叫び声は、大渦の波音と船のバキバキという解体音にかき消され、そして海上からは船すらもその姿を消したのだった。

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