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74話 リリア・ハートウィル

現在、俺たちは宿屋の一室の前にいる。

この扉の向こうにはリリアと、おそらくハティがいる。


リリア…勇者パーティーにいた頃の仲間。

俺にとって、その時の記憶はあまりいいものではない。

正直、その時のことを思い出すと、面と向かってリリアと話はしたくないとさえ思う。

しかし、そうも言っていられない。


俺は、深呼吸をひとつ。そしてゆっくり、扉をノックする。


「リリア、ハティいるか?リアム・ロックハートだ」


「……どうぞ」


扉の向こうからハティの声が聞こえてきた。

ドアノブに手をかけ、もう一度だけ深呼吸。

ガチャリと扉を開けると、ベッドの上で上体を起こしているリリアと、その横の椅子に腰かけているハティの姿が目に入った。


見た目には、いつもと変わらないように感じるが、昔と同様にいきなり罵声を浴びせられたりするのだろうか…。

恐る恐る、リリアの顔を見ると、彼女も驚いた様子で俺のことを見ていた。


「えっ、あんた…もしかして、リアム?」


「ああ、久しぶりだな、リリア」


彼女は目を丸くしていた。

俺を見て、俺の背後にいるルーナとアルクに視線を移し、最後には自分の横に座っているハティを見た。

しばらく視線を泳がせた後、彼女は口を開いた。


「えっと、あんたが…いや、リアムがあたしを助けてくれたの?」


「いや、俺ではない。きみを助けたのは、このアルクだ」


俺はそう言いながら、後方にいるアルクを手で指し示した。


「あ、そう。そうなんだ…えっと、アルク…さん。

その…ありがとう」


リリアはそう言い、アルクに頭を下げた。

同時に俺の脳裏に以前のリリアの姿が浮かんだ。

昔の彼女であれば、素直に頭は下げなかった。プライドの高い彼女は、助けてもらうことが当たり前だと言わんばかりであったはずだ。


「リリアもだいぶ変わったな」


小声でつぶやきながら、小さく微笑むと、リリアがすかさず反応した。


「あたしが変わったって…あんたには言われたくないわ!」


どうやら元気そうだな、良かった。

これならジルガのことや、俺がパーティーを離れてからのことを聞くこともできるだろう。

そう考え、俺は早速リリアに質問をした。


「リリア、早速だが教えてくれ。

俺がパーティーを抜けた後、なにがあったんだ?」


彼女は少し視線を下げ、毛布を握り締めながら、キュッと口を結んだ。

しばらくして、彼女はゆっくりと語りだす。

リリアの話の内容を要約すると…。


俺がパーティーを抜けた後、昇格クエストに失敗。

その後もうまくいかないことが続き、ハティを含めた数名の補強をする。

しかし、その後のクエストでも失敗、パーティー内で死者も出てしまい、ランクの降格と王都の追放という処分を受ける。


王都追放後は、オルレンフィアの南にある町で冒険者として生活をはじめ、いつもの調子を取り戻していく。


状況が変化したのはここからだ。


ある日、ジルガが町で誰かと接触し、突然森に行くと決めた。

その森で一本の剣を見つけ、それをジルガが手に取った瞬間から、やつは変わったという。


俺は直感的に、その剣が魔剣であると確信した。

しかし、森に行くきっかけとなったであろう、町での出来事。

きっと、その接触を図った者が魔剣の情報をジルガに教えたのだろう。

そいつの名前が分かれば、冊子の内容と照らし合わせ、真の敵が誰かが分かる気がする。


「リリア、ジルガに町で接触したやつのことを詳しく話してくれないか?

何かわかることがあればなんでもいい」


しかし、そのことについてリリアの口から話されることはなかった。


「あ、ああ…いや、やだ……助け…いや、イヤ……あああぁぁぁ」


彼女は考えようとしてすぐに、頭を押さえて、悲鳴にも似た声を上げたのだ。

息は荒く、身体は震え、目の焦点も合っていない。

強い恐怖を感じての記憶の障害か、一種のトラウマからくるパニックのようなものかもしれない。


ハティはリリアの背中をさすりながら、俺に向けて首を振った。

この状況では、これ以上話を聞くのは無理だろうという判断だ。

それについては、俺も同意だった。


しばらくして、リリアが落ち着いたのを確認してから、俺たちは部屋を出ることにした。

ルーナとアルクが退室し、俺も扉に手をかけたとき、背中越しにリリアに呼び止められた。


「ねえ、リアム。あんたには酷いことも言ったし、悪かったなとも思ってる。

今さら謝っても許してもらえないかもしれないけど…。

あたしたち、昔みたいに戻れるかな?」


俺は一瞬だけ、扉のほうに目を向け、すぐに笑顔でリリアに向き直り言った。


「ああ、そうだな。俺は、リリア、きみのことはそこまで嫌いではない。

きみが元気になったら、また顔を出すよ」


その言葉に、リリアは少し顔を赤らめ、はにかんで笑った。

彼女のあんな笑顔を見たことはなかった。

パーティーにいる頃から、あの笑顔を向けられていたなら、もしかしたら、今とは違う未来を辿っていたかもしれないとさえ思う。


そんなことを思いながら、部屋を出ると、続けてハティも部屋を出てきた。


「あの、リアムさん。リリアのことですが…」


「ああ、彼女のことはきみに任せる。

たぶん、もう冒険者としては…無理だろう。

王宮付きの専属魔導士として、面倒を見てやってほしい」


俺はハティの言葉を遮るように言った。


強い恐怖を植え付けられた冒険者は、似たような状況下で、あるいは、その恐怖体験を思い出そうとすると、先ほどのリリアのような状態に陥る。

あれでは、常に危険と隣り合わせの冒険者はやっていけない。

彼女には昔のように戻れると言ったが、あれは俺のウソだ。

リリアは…もう冒険者には戻れない。


「はい、分かりました。リアムさん、どうかご武運を」



俺たちは宿を出て、冒険者ギルドに向かった。

アステラのギルドは賑わってはいるが、先日のジルガの襲撃により、ピリピリとした空気が場を支配していた。

俺たちは冒険者の間を抜け、受付にたどり着く。


「王国指名冒険者リアム・ロックハートだ、ギルド長バルスを頼む」


受付の女性は俺の言葉で奥の部屋へと消えていく。

しばらくして出てきたのは筋骨隆々の男、ギルド長バルス。


「おう、リアムか。久しぶりだな、いつぶりだ?

初めて会った時の、たいまつ君と呼ばれていた頃が懐かしいな」


相変わらず、失礼な奴だ。

俺は自分の眉根が寄るのを感じた。

それを見て、バルスは慌てたように話を進めた。


「すまん、リアム、気を悪くしないでくれ、ただの冗談だよな……な?

お前がここに来た理由は察しが付いている。

魔道具についてだろう?」


バルスは終始慌てた様子だ。

そんなに俺の表情は険しかっただろうか…いや、俺ではない…俺の後方を見ている。

俺はゆっくりと後ろを振り返る。

そこにはニコニコしながらも殺気をまき散らしているルーナがいる。

なるほど、バルスがうろたえるのも、うなずけるな。


「ああ、そうだ。

国王から魔道具捜索の任を受けた。

魔道具の在りかについて、何か情報はないか?」


「う、うむ。あるにはあるが、確実性に欠ける情報だ。

かなり古い情報でもあるしな」


「それでもかまわない、どこだ?」


「中央大陸と魔大陸の間にあると言われている海底迷宮。

そこに魔道具の1つがあるという噂だ」


「噂?」


俺が首をかしげつつ聞き返すと、バルスもうなずきながらに答えた。


「ああ、そもそも海底迷宮の場所も入り方もわかってはいないんだ。

今では海底迷宮自体が存在しないかもしれないという話さえあるほどだ」


なるほど、確かにそれでは、あまりにも確実性に欠ける話だ。

そんな話に時間を費やすわけにもいかない。

俺たちには魔道具を探すこととは別に、ソフィリアの捜索もしなければならない。

転移からもう2年が経過しようとしている。

早く見つけださなければ、手遅れになる可能性だってあるのだ。


「他に情報はないか?魔道具の在りかにつながるものであれば何でも構わない。

それと、薄水色の髪をしたエルフの女性の話を聞いたことはないか?」


「薄水色の髪の女、聞いたことあるぜ。

っていうか、ついこの間まで同じ船に乗ってたな」


突然、背後から声がして振り返る。

そこには、冒険者というよりは海賊に近い風貌の男がいた。


さっきまで、この場にいなかった男だな。

それより今、こいつ…薄水色の髪の女と同じ船に乗っていたと言ったか。

まさか、この町にソフィリアが…。

俺はそんな期待を胸に、海賊風の男と向き合った。

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